超過死亡から見える事実 新型コロナは「ただの風邪」ではない

内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司
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 死因統計は、医学のみならず広く社会的な基礎資料として重要な役割を果たしています。患者さんが亡くなったとき、医師は死亡診断書に死因を記載しますが、死因は世界保健機関(WHO)が定めたルールにのっとって判断します。なんの病気もない健康な人が新型コロナウイルスに感染し、重症の肺炎を起こして亡くなった場合は迷いません。しかし、複数の病気を持つ人が亡くなったとき、どの病気を主な死因とするのかときに迷うことがあります。

 たとえば、もともと糖尿病高血圧があって、過去に数回の脳梗塞(こうそく)を起こし寝たきりの高齢の患者さんが新型コロナに罹患して、幸いいったんは治癒して退院したものの、その後食事が入らなくなり、徐々に体力を失って最終的に誤嚥(ごえん)性肺炎で亡くなったとしたらどうでしょう。

 どの病気も死亡に何らかの影響を与えていますが、直接死因は誤嚥性肺炎です。新型コロナは死因として死亡診断書には必ずしも記載されません。死亡診断書に記載されなければ、死因統計上は新型コロナによる死亡にはカウントされません。ですが、この患者さんは新型コロナにかかっていなければ、亡くならなかったかもしれないのです。

 このため、「新型コロナによる死亡数」と「新型コロナが流行したために亡くなった人の数」に差ができます。新型コロナが社会に対して与える影響を評価するには、死因統計上の死亡数だけではなく、例年の死亡数から予測される数字と比べてどれぐらい死亡数が増えたのかを示す「超過死亡」も考えなければなりません。国によっては検査が不十分で、新型コロナと診断されないまま亡くなった人たちもいますが、超過死亡は全死亡数がわかれば算出できるのが強みです。

 WHOの推計では、2021年12月31日までに報告された世界での新型コロナによる死亡数は542万人で、超過死亡はその約3倍弱の1483万人でした(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36517599/別ウインドウで開きます)。これほどのインパクトを与えた感染症は、スペイン風邪以来、ほぼ100年ぶりです。流行しはじめたころに「新型コロナはただの風邪だ」というデマが流れましたがとんでもないことです。

 超過死亡には、流行期の医療逼迫(ひっぱく)によって、例年だったら死なずに済んだ新型コロナ以外の病気による死亡も含みます。長期的な視点からは、救急医療だけではなく、新型コロナ流行によってがん検診の受診率が下がったり、高血圧や脂質異常症といった慢性疾患に対する適切な治療が行われなかったりすることもあるでしょう。自殺をはじめとした行動制限による経済の停滞による悪影響も考えられます。

 日本の状況は「日本の超過および過少死亡数ダッシュボード」で確認できます。日本では2020年の超過死亡はなく、むしろマイナスでした。感染対策や厳しい行動制限によって例年に流行するインフルエンザなどの呼吸器感染症が減ったためだと思われます。2021年以降は日本でも超過死亡はプラスになりました。2020年1月から2022年9月までの日本の累積の超過死亡は5万~14万人と推計されています。他の先進国と比較すると少ない方だとは言え、多くの人が亡くなりました。感染症法上の位置づけが5類に引き下げられそうですが、感染対策が不要になるわけではありません。(酒井健司)

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。