磯崎新さんの原点は大分に 出世作「旧大分県立大分図書館」は現役

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小川裕介 倉富竜太
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 大分県出身の世界的建築家、磯崎新さんが死去した。九州各地に代表作が現存し、親交の深い人も多かった。

 大分市美術館長の菅章さん(69)は「大分は磯崎さんの建築の原点。大分が自分を育ててくれたという強い思いがあった」と振り返る。

 磯崎さんとの関わりは1998年、大分市の旧県立大分図書館がアートプラザに衣替えした時からだ。

 旧県立大分図書館は66年完成。日本建築学会賞などを受け、磯崎さんの出世作と言える。一時は解体が検討されたが、市民らの求めで保存され、文化施設として生まれ変わったのがアートプラザだった。

 磯崎さんは「前衛の精神を共有した展覧会を開きたい」と、前衛美術集団「ネオ・ダダ」の展覧会を提案した。60年に結成された「ネオ・ダダイズム・オルガナイザー」は、がらくたを使ったオブジェなどで注目を集めたが、作品はほとんど残っていなかった。

 市の担当者だった菅さんが「作品が残っていないので、展覧会はできない」と言うと「そこが面白いんだよ」と磯崎さん。「難題を与えられ、とにかく挑発された」といい、「禅問答のようなやりとり」が続いた。

 展覧会は、磯崎さんと親交の深かった前衛美術家らの作品や記録写真を並べ、パフォーマンスもあった。「大分市が旧県立図書館を残してくれたことへの思いがものすごくあった」と、菅さんは振り返る。磯崎さんはその後も、大分市の広場の整備計画の特別選考委員を務めたり、2019年に大分市美術館で個展を開いたり、故郷への貢献を続けた。

 菅さんは「もう声を聞くこと…

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