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いつまでも心に残る思い出を 難病の子どもと家族の願いかなえる場所

小林一茂

 横浜市にあるこどもホスピス「うみとそらのおうち」(うみそら)には、小児がん心疾患染色体異常など、難病の子どもと家族が訪れる。ホスピスというと、終末期ケアの施設と思われがちだが、ここでは外出が難しい子どもたちが、常駐する看護師や保育士に見守られ、好きなことをして伸び伸びと過ごす。

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 日ごろ命と向き合い続けている親にとっては、一息つける場所でもある。利用者の家族同士で誕生日パーティーをしたり、宿泊して家族だけの時間を過ごしたりする。

 代表理事の田川尚登さん(65)は、悪性脳腫瘍(しゅよう)だった次女のはるかさんを6歳のときに亡くした。「いつまでも心に残る思い出を作る手助けができれば」と話す。

 開所から1年。利用した家族は約50組になる。9月下旬からの3カ月、施設で出会った家族に思いを聞いた。

友だち同士で初めての誕生日パーティー

 生まれつき心臓の疾患を抱えた吉田桃さん(17)。2020年夏、修復手術は困難と診断された。母の恵子さん(45)は「自立して生きられる将来が来ると思って、桃も自分も我慢を重ねてきた」と話す。

 子どもでいられる残された時間を大切にしなくてはと考えていたとき、うみそらを知り、今春から何度も利用している。木造の温かみや部屋に飾ってある人形や小物に、病院や他の施設にはない「ふんわりとした雰囲気」を感じられて好きだという。

 うみそら以外に利用している短期入所施設は医療的ケアが中心だが、うみそらはスタッフのみんなが見守ってくれ、楽しむことができる場所になっている。11月には、友だち家族らにサプライズで誕生日を祝ってもらった。桃さんは「すごい楽しかった」。恵子さんも「友だち同士で祝ってもらうのは初めて。ここでしかできないことをさせてもらえる。日常の疲れやつらさを忘れて楽しめる100点満点の場所です」と話す。

命と向き合う日常から解放しくてくれる

 桃さんの誕生日を祝ったダウン症の田倉こむぎさん(8)と母親の千菜美さん(48)は、ゲストとして参加した。9月のこむぎちゃんの誕生日には、吉田さん家族にパーティーを企画してもらった。千菜美さんは「行くたびに思い出ができます」と喜ぶ。こむぎさんは食事が苦手。でも階段の踊り場にシートを敷いてもらうと、自然とご飯を食べてくれた。子どもの命と向き合う日常から解放してくれる大切な場所だと感じている

 「看護師さんも保育士さんも、友だちのように接してくれる。子どもから目を離しても、誰かがさっと着いていてくれる」

大人としゃべる機会増え、心の中も話せる

 先天性の染色体異常「18トリソミー」を抱える落合恭子ちゃん(6)の母、純子さん(45)はそう話す。最初は「スタッフがいてもケアは家族で」と説明され戸惑った。しかし毎月のように通ううち、楽しみながらホッとできる施設だと分かった。同じように難病を抱える家族ともつながりが増えた。

 純子さんは「大人としゃべる機会が少なかった。子どもの話はしても、自分の話はできなかった。スタッフさんには、心の中を話せちゃう」と話す。夫の剛さん(43)も「薬やご飯と、毎日が過密なスケジュール。ここだとノープランで来て贅沢(ぜいたく)に時間を使える」と話す。

 先天性の心疾患を抱える重宗果歩さん(14)は、入院前の9月下旬に家族で一泊した。食事のおかずをくじで当てるゲームをしたり、わんこそばを食べてみたりして、夜まで笑い声が絶えなかった。

入院前に一泊「我慢せずしたいことできる」

 果歩さんは心臓が健常者の20~30%しか収縮しないため、1日で飲める水の量を調整しながら生活している。他の感染症を恐れ自宅に引きこもりがちな生活で、他の人と触れあうことはほぼなかったが、スタッフには安心して甘えている。「普段我慢したりあきらめたりしていることができる。愛にあふれた場所だと思う」と母親の裕美さん(43)は話す。

 父親の信二さん(42)は「(子どもが難病を抱えていた)代表理事の田川尚登さんは同じ立場で話を聞いてくれ、前向きな提案をしてくれる。親にとっても貴重な時間です」と喜ぶ。

 「子どもが親以外の人でも気を使わずに話せて、気持ちを伝えられる環境です」

親以外の人に気持ちを伝えられる環境

 長女のチカさん(16)と訪れた原孝美さん(49)は、そう話す。10月が2回目の利用で、チカさんはレジンを使った工作や、外のブランコを楽しんだ。

 チカさんは左心低形成症候群という心臓の難病を抱え、3カ月に1回程度入院する。高校はオンライン授業で、なかなか外に出る機会がない。今夏、吉田桃さん家族と一緒に訪問。部屋の採光や色み、職員の明るい対応に、終末期を過ごすようなイメージと違って驚いた。家族でのんびりと過ごしたいと思い、平日に予約した。

 「急変する可能性もあるから気が抜けない。でも、ここだとほっとしてお茶を楽しめる。かぜなどの感染を気にして人と会うのも難しいけど、ここなら気にしないでいい。みんなで楽しいことがわちゃわちゃできる場所です」

 医療用の酸素ボンベに酸素濃縮器、加温加湿器人工呼吸器、パルスオキシメーター…。たくさんの機器に囲まれた奏太君の2歳の誕生日は、両親やスタッフらによって盛大に行われた。家族での外泊は今回が初めてだった。

家族3人でお風呂「快適に過ごせる」

 18トリソミーという染色体異常を抱える奏太君。出産直後から不安定な状態が続き、退院まで7カ月かかった。家では奏太君の様子に常に気を配らなければいけない日々。共働きのため、育休を取り、行政の制度やデイサービスなどを利用して生活を続けてきた。

 手狭な自宅ではゆったりできず、広くて、受け入れる環境が整っている所を探しているときに、SNSを通してうみそらを知った。8月に初めて訪れたときは、両親も昼寝をしてしまうほど、ほっとする空間だったという。

 家族3人でお風呂にも入った。母親(35)は「奏太も気持ちよさそう。こちらからお願いしなくても、快適に過ごせるように考えてくれる態勢はありがたい。自分たちでは思いつかないサプライズも提案してくれ、安心感もあります」と話した。

 白血病の光常怜ちゃん(4)は11月、半年ぶりにホスピスを訪れた。スタッフや両親とままごとをしたり、弟の匠(たくみ)くん(1)とおもちゃの車に乗り合ったりした。父親の正次さん(33)は「子どもを見てくれて親戚の家に来ているみたい」と話す。

「子どもから目を離しても安心」

 昨年5月に発症。発熱が続き、骨髄検査をしたところ白血病だとわかった。今年4月までに200日以上を病院で過ごし、いまは自宅で投薬治療を続けている。家ではテレビを見るだけの引きこもった生活。そんなとき知ったのが、うみそらだった。

 発症前は水泳教室に通っていたため、大きなお風呂を怜ちゃんは喜んだ。正次さんは「はじけるような笑顔を見せてくれた。スタッフが友だちのように接してくれるから、安心できるみたい。子どもから目を離しても安心して過ごせます」と話した。(小林一茂)

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