科学的か非科学的か 原発事故被曝の影響めぐり割れる見解

笠井哲也 福地慶太郎
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 欧米や日本などの科学者らでつくる「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」は昨年3月、福島県内で若者の甲状腺がんや疑いが多発しているのは原発事故による被曝(ひばく)の影響ではなく、高感度の検査が原因だとした報告書を公表した。これに国内の研究者らが異を唱えている。科学的とされる報告書が「非科学的」な分析をしているのだという。その内容とは――。

 科学委は7月、昨年3月に公表した「2020年/21年報告書」について、福島県いわき市で対話集会を開いた。ギリアン・ハース前議長は「今回の報告書は信頼できる独立した最新の評価だ」と胸を張った。

 報告書は、14年に公表した13年版に比べて「現実的な(被曝の)線量評価をすること」を狙ったものだ。日本固有の食習慣などを加味し、汚染された食品を食べたことによる被曝線量の推計などを見直した。

 例えば、日本人が伝統的によく食べている昆布には安定ヨウ素が多く含まれるため、甲状腺がんの原因となる放射性ヨウ素を取り込みにくいと仮定し、被曝量を推定する際の係数を13年版の半分に引き下げた。避難中の食品による被曝線量は「無視できる範囲」と改め、屋内退避が被曝量を減らす効果については、13年版より高く見積もった。

 その結果、事故後1年間の甲状腺への平均被曝線量は、県内の1歳は1・2~30ミリシーベルト、10歳は1~22ミリシーベルトと、最小値は13年版の約10分の1になった。ハース氏は対話集会で「総合的に被曝線量は極めて低い。感受性の高い乳幼児や小児で、がん発症率が上昇する可能性は識別不可能だ」と強調した。

 県内では原発事故後、300人超が甲状腺がんか疑いがあると診断された。通常100万人に1~2人とされる発生率と比べて多発している。これについて報告書は、高感度の超音波検診によって検出された可能性が高いと結論づけた。

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 国内の研究者らがつくるグループからは報告書の内容に疑問の声があがる。

 8月末、オンラインで記者会見した本行忠志・大阪大名誉教授(放射線生物学)は、報告書が「被曝に関する様々な要因に対し、推定しうる最小値かそれ以下の値を採用して(被曝線量の)大幅な過小評価をしている」と批判した。

 本行氏がまず指摘したのが、20年/21年版で被曝線量の引き下げにつながった「昆布効果」の問題だ。

 報告書が裏付けデータとして挙げたのは、55年前にわずか15人を調べたもので「全く参考にならない」と本行氏。食生活の変化で、直近では日本人のヨウ素摂取量は世界標準と比べて多いと言えず、評価は事実に基づいていないという。

 また、避難中の食品による被曝についても、事故直後は汚染された野菜などが市場に出回っていたことが明らかになっており、本行氏は「不確実なものには最大値を採用する予防原則にも逆行する」と指摘する。

 報告書で、がん多発の原因とされた過剰診断説についても「科学的に全く検証されていない」(岡山大学の津田敏秀教授)と、疑いの目が向けられている。

 医師の種市靖行氏は8月上旬の記者会見で、福島県では過剰診断を防ぐため、甲状腺がんの腫瘍(しゅよう)の大きさについて、厳格な基準に基づいて検査されていると説明。特に、5ミリ以下の結節を精査しておらず、命を脅かさない小さながんを見つけているとする過剰診断にはあたらないとした。

 また、高感度の機器を使うことで、がんの詳細な形態がわかるようになり、手術に至る症例が減っているとの報告を紹介。「高感度機器は過剰診断を防いでおり、報告書は逆のことを言っている」と批判した。

 こうした指摘について、科学委は詳細な回答を控えている。ハース前議長は対話集会の際、「報告書は堅牢性のある文書で、今後、この知見が変わることはない」と話している。(笠井哲也、福地慶太郎

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 〈原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)〉 1955年に設立され、今年6月時点では欧米や日本など31カ国が加盟する。論文などを検証し、被曝による健康への影響の科学的根拠をまとめるのが役割。日本政府は福島第一原発事故後、「放射線の影響に関する過度の不安を払拭(ふっしょく)すべく」として報告書の作成を支援し、13年度に7100万円、17年度に7千万円を拠出した。また、政府は報告書などを援用し、福島での被曝による健康被害を否定している。

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