第1回重なる「日常」と「非日常」 安倍氏襲撃、待ち続けた男の部屋で

深流 安倍氏銃撃事件

【動画】証言「あの時、何が」元首相銃撃 緊迫の15分

 大きな音に驚いて振り向くと、男が立っていた。

 「ごっつい望遠レンズ構えて、なんでこんなところで写真撮っとるんや。道路の真ん中で、けしからんやつや」。奈良県議の男性(74)がそう思った瞬間、ボンと再び音がして白煙が立ちこめた。

 隣にいた安倍晋三元首相(67)がゆっくりと倒れた。

連載「深流 ~安倍氏銃撃事件~」

安倍晋三元首相が演説中に撃たれ、死亡した事件から1カ月。現場で逮捕された男は、どのような環境で生まれ育ち、事件の前には何を考えるようになっていたのか。男の心の奥深くにあったものを探ります。初回は、男が高校生だったころの、あるエピソードから。

 駆け寄った人々に囲まれた安倍氏は、すでに意識がないように見えた。「救急車呼んで!」。周囲にそう叫ぶのがやっとだった。

 2度発砲し、警察官たちに取り押さえられるまで、男は終始落ち着き払った様子だった。人をあやめるという非情な行為との間には、大きな隔たりがあった。

 「武器庫」。あるいは「工場」。逮捕された男の部屋を見た捜査員たちは口をそろえる。

 6畳ほどの洋室。敷きっぱなしにされた布団の周りには、金属片やリード線、木材などが散らばっていた。電子ばかりやミキサー、そしてペンチなどの工具が雑然と置かれていた。

 ふた付きの缶容器もあった。その数およそ20。のちに、黒い粉末状の火薬が数種類入っていたことがわかった。

 ひときわ異様だったのが、複数の金属パイプをテープで束ねた物体。手製の「銃」だった。少なくとも5丁はあったとされる。

 「手を伸ばせば銃や部品に触れられるような、かなり雑然とした印象だった」。ある捜査員は、部屋の印象を振り返る。

 「あそこでビールを飲んだりしてたわけやから。そう考えると恐ろしい……」。別の捜査員はそんな感情を抱いた。

 街の中心部。どこにでもありそうな築33年の8階建てマンション。「駅チカ」で家賃約3万5千円で、最上階にある男の部屋からは、住宅街が見渡せる。

 そんな「日常」と「非日常」が交錯する空間で、男は「その日」を待ち続けた…

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    藤田直央
    (朝日新聞編集委員=政治、外交、憲法)
    2022年8月13日19時41分 投稿
    【視点】

    私は山上容疑者の動機はどうあれ、選挙で街頭演説に立つ政治家への暴力はテロだと思います。でもこの連載のように、あの時あの場所に至る彼の軌跡に迫った記事を読むと、彼に命を奪われるに至る安倍元首相の軌跡も見つめ直さずにはいられません。むろん山上容

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