ローカル線収支公表 県内4路線5区間赤字 利用客不安の声
JR東日本が28日に収支を公表した利用者の減少が進む地方路線に、宮城県内では陸羽東線など4路線5区間が含まれた。JR東は公表を機に鉄路のあり方について沿線自治体と協議を進めたい考えだ。沿線自治体や利用者からは、生活の足が議論にのぼることに懸念の声が相次いだ。
七つの泉質がある本州随一の温泉地、鳴子温泉。伝統工芸品の「こけし」の有数の生産地でもあり、県北部を代表する観光地だ。玄関口にある「鳴子温泉駅」の周りには、旅館やホテル、土産屋や飲食店が軒を連ねる。だが、駅がある陸羽東線は採算が厳しいことが明らかになった。
山間にたたずむ駅では28日午後6時ごろ、下り線の列車から降りたのは3人だけだった。同駅発着のダイヤは1日最大上下計30本。同駅の1日平均の乗車人員は2020年度136人、コロナ禍前の19年度は209人だった。
駅前ではタクシーが客待ちで数台並ぶ。以前は3社あったが今では1社だけになった。「鳴子中央タクシー」の男性運転手(75)は、「さびしいね。学校帰りの子も多く観光客でもにぎわっていた。旅館や飲食店で勤める人の乗り降りもあり活気があった」と話した。男性は「コロナ禍で集客がきびしくなり昔のような団体客はもう望めなくなった。将来的に鉄道がなくなったら、わたしたちも商売ができるかわからない」と打ち明けた。
温泉街には例年200万人前後の観光客が訪れるが、コロナ禍の20年は約107万人に半減した。鳴子温泉郷観光協会の事務局長の菊地英文さん(60)は、「鉄路がなくなると観光地としてのランクに影響を及ぼす。鳴子温泉は鉄道で東京から3時間で立ち寄れるアクセスも売りにする。古川からのバスへの代替だと観光の候補地から外されるかもしれない」と危惧した。
一方で、鉄道会社の事情にも理解を示しつつ、菊地さんは「沿線の着地の魅力がないと鉄路でも足を運んでもらえない。鳴子のまちの潜在力をPRして、沿線のまちと連携して利用客を引き込む努力もしないといけない」と話した。
温泉街にある、こけしの製造・販売店「こけしの岡仁」の伝統工芸士の岡崎靖男さん(68)の工房前では山の稜線(りょうせん)の間を電車が行き来する。「昔は10両近く車両があって登下校の朝夕は電車の中がにぎやかだったよ」と懐かしんだ。
岡崎さんは、「コロナ禍前はまちに訪日外国人客の姿があり物珍しそうに店に立ち寄り、こけしをSNSで海外へ発信してくれた。鉄路で鳴子へ行けないとなると、外国人客の足も遠のくだろう」とこぼした。
1899(明治32)年創業の「餅処 深瀬」の深瀬晃子さん(68)は、35キロ先の古川への通院で電車を利用している。深瀬さんは、「鉄道がなければ主人の車での送迎となり、その度に店を閉めて商売の機会を失ってしまう。鉄道の旅で甘味を求めて訪れる方もいます。廃線は避けてほしいのが本音です」と訴えた。
JR東の収支公表に先立ち、国の検討会は、鉄道会社と沿線自治体による見直し協議の目安を示した。要件の一つは、1キロあたりの1日平均乗客数を示す輸送密度が1千人を下回る区間。19年の実績に基づくと、気仙沼線や大船渡線の区間も該当する。存続や廃線を前提としない議論を進め、3年以内に双方が合意して結論を出すものとされ、今後、双方の動きが具体化していくとみられる。
陸羽東線が走る大崎市は4月から、豪華寝台列車「トランスイート四季島」が鳴子温泉駅に停車する早朝の時間帯に合わせて、駅そばの広場で軽食を振る舞うなどの「湯けむりマルシェ」を展開する。賛同する店も早朝から店を開けて利用客を出迎える。乗客の次回以降のまちへの再訪を呼び込むのが狙いだ。
28日早朝には四季島が3時間ほど同駅に停車し、出発時には温泉街のマスコットキャラクターや住民ら約50人がホームで手を振り見送っていた。
沿線自治体など34団体で成る「JR陸羽東西線利用推進協議会」は1996年に設立、沿線での催しの際に鉄道での団体ツアーを企画し、協議会が運賃の補助をするなどして鉄道利用を促してきた。協議会事務局の山形県新庄市商工観光課は「赤字で路線の維持が厳しいことは認識している。引き続き沿線の魅力を発信し、路線が維持できるよう努めるしかない」。
大崎市の伊藤康志市長は「人口減に少子高齢化、コロナ禍もあり(JR東の収益が)かなり落ちこんでいるとは思っていたが公表された数字には正直びっくりしている。大崎市のまちづくりに鉄道は今後も必要不可欠であり、協議会を通じてしっかり鉄道を存続する方向でインフラ整備や魅力的な観光の商品開発が必要になる」と話した。
設備を自治体が保有し鉄道会社が運行を請け負う「上下分離方式」については、「自治体の体力で実現可能なのかも含めて、協議会のテーブルでさまざまな選択肢が出てくるだろう」と答えた。
岩手県一関市と気仙沼市を結ぶ大船渡線も収支が公表された路線の一つだ。同市の菅原茂市長は公表に先立つ26日の会見で「一義的には列車がいいが、一関市次第と考える」と述べ、話し合いの対象になる可能性を示唆。「すでにJR北海道では(バスへの)転換を進めており、来るべき時が来た」と話した。
宮城大学・徳永幸之教授(交通計画)に聞く
人口減に加え、コロナ禍に伴う在宅勤務などの生活様式の変化で鉄道の利用者が減った。都市部の路線の黒字も減り、赤字のローカル線を補塡(ほてん)してきた国鉄民営化後の構造は、限界に達している。
道路網が整備された地方では自家用車やバイクなどが主な移動手段となり、日常生活において路線と運行ダイヤが固定されているローカル線は使いづらくなっている。沿線のまちで本当に鉄道が必要なのか、生活の中での意義を議論することが避けられない。
鉄道をいかすなら、例えば、病院や公共施設を駅の近くに移転させ、セットで新市街地を整備する。バスも含めて公共交通を軸としたまちづくりが不可欠で、長期ビジョンを描く必要がある。
鉄道の優位性は全国につながる路線網と、おおむね定時に目的地に着けることにある。「観光」と「物流」の観点でみると、まだ最大限活用できていない。
周辺の観光地と連携し周遊ルートとして売り出すことや、労働人口の減少に悩む長距離トラック輸送の代わりなどとして貨物を運ぶなど路線の位置付けについて、議論して幅広く活用策を模索してほしい。