「車内の温度は大丈夫ですか」。愛知県内で客として乗った記者に、物腰を柔らかくして声をかける。アクセルをゆっくり踏み込み、メーターを入れて、なめらかに車が走り出す。
タクシー運転手の男性(59)は約20年間、この仕事を続けてきた。車の運転が好きで、自由に働ける環境が自分に合っていた。
だが、2年前、その暮らしは大きく揺さぶられた。
2020年5月、前月分の給与明細書を見てがくぜんとした。
その額、約7万円。
給料がある程度下がることは予想していたが、想像をはるかに超えていた。
「このままだと生活ができない」。妻ら家族と暮らすが、これでは家計を支えられない。
20年1月に新型コロナウイルスの感染が広まり始め、4月に全国に緊急事態宣言が出た。会社の指示で男性は休業になったが、補償もあると聞いていた。
見慣れた街の風景は一変した。昼も夜も人の姿が消え、車内で時間を持て余した。
「接待もなくなり、残業する人もいない。夜、電車で降りてくる人がいない。コロナで全部変わっちゃいましたよね」
外国語が得意だ。20年夏に開催予定だった東京五輪・パラリンピックでは、東海地方にも海外観光客が多く訪れると見込まれ、語学堪能な男性が仕事を請け負う予定だった。だが、大会は1年延期となり、無観客開催に。
「全部ないものになってしまいました」
例年の半分以下の給料が続き、役所に駆け込んだ。
賃貸住宅の家賃を補助してもらおうと窓口で「住居確保給付金」を申請した。
だが、職員は電卓をはじいて、淡々と言った。
「対象外になりました」
収入が減って生活が苦しくなった人たちに対して一定期間、家賃を補助する制度だが、夫婦の収入を合わせると、支給の要件に定められた収入をわずか「1千円」だけ超えていた。
ほかにも国の支援策はあったが、「非課税世帯じゃないと受けられないものばかりで、またか、と」。
頼ったのは、コロナの影響で…
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- 【視点】
コロナ禍のなかの2年間で、2人のタクシー運転手の方に取材をしました。いずれも60代の男性でした。この記事の男性と同様に、歩合制の給料が激減し、暮らしが立ちゆかなくなっていました。 おひとりは、タクシー運転手として仕事をしつつ、生活保
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