鍋島家の陰に名僧あり 朝鮮出兵、関ケ原の戦い…外交での活躍も紹介
村上英樹
佐賀・鍋島家の陰に名僧あり――。豊臣秀吉の朝鮮出兵で活躍したり、徳川家康の信頼を得て鍋島家の窮地を救ったりした臨済宗の禅僧2人がいた。そんな歴史の舞台裏を紹介する「鍋島家と禅僧たち―さが名僧伝」が佐賀市の佐賀城本丸歴史館で開かれている。6月12日まで。
1人目は、佐賀市の泰長院の住持(住職)だった是琢明琳(ぜたくみんりん)。出生は不明だが、豊臣秀吉の2度にわたる朝鮮出兵で、鍋島軍を率いる鍋島直茂と行動をともにした。朝鮮側の将軍から送られた文書に返答する書状の原案を作成したり、相手側と筆談で交渉したりしたとされる「外交僧」だ。
展示室には、是琢が出兵で記した「朝鮮日記」(県重要文化財)や、鍋島軍が朝鮮で占領した領地からとれる米、大豆、麦の量を計算した租税帳のほか、出兵で死んだ125人の戒名や命日を記した文書の写しもあり、“本業”の僧侶としての側面もうかがえる。
もう1人が、小城出身の閑室…
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