9年ぶりHPVワクチン勧奨再開 接種後の症状、医療者側の理解進む

もっと医療面

後藤一也 阿部彰芳
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 子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐワクチン。対象者に接種をすすめる「積極的勧奨」が、4月から始まる。約9年ぶりの再開となるが、この間、焦点の一つになったのが、接種後に報告された「多様な症状」だった。実態解明や対策は進んでいるが、課題もある。(後藤一也、阿部彰芳)

機能性身体症状とは

 体の広い範囲の痛み、手足の動かしにくさ、記憶障害、光の過敏……。2013年4月に定期接種になった後、こうした「多様な症状」が報告され、厚労省は同年6月、積極的勧奨を見合わせることを決めた。

 厚生労働省の副反応検討部会は14年、ワクチンの薬液による神経システムや免疫の異常では、こうした症状は説明できないとし、画像や血液の検査では症状に見合う異常が見つからない「機能性身体症状(心身の反応)」と判断した。

 その病態は複雑だ。

 症状は強まったり慢性化したりするが、その背景には、心理的な要因があるとみられている。ただ、基本的に原因は特定できない。心理的な要因が見当たらないケースもある。

 専門分野によって説明が異なり、同じ患者に異なる病名が複数つくことも珍しくない。

 実際、接種後の「多様な症状」で報告された人の診断名も、「身体症状症」「起立性調節障害」など様々だった。「精神的機能障害」「ワクチン接種後症候群」など、医学的に認められていない名前もあった。免疫反応で起きたまったく新しい病気だ、と指摘する医師もいた。

 こうした中、大阪大の祖父江友孝教授を班長とする研究班(祖父江班)が15年に立ち上がった。

 このワクチンを接種していない人にも、「多様な症状」の患者がいるかどうか――。それを調べることが目的だった。

 この方針を示したのは、現在、政府の新型コロナ対策分科会の会長を務める尾身茂さんだ。

安全性評価、尾身氏の助言が鍵

 厚労省は当時、こうしたデータを持っていなかった。尾身さんは「公衆衛生の観点で必要なデータ。当然あるものだと思っていた」と振り返る。

 「難しいと思うが、ワクチンを打っていない人でも、多様な症状が出ている人がいるのか調べたほうがいい」

 厚労省内の一室に集まった祖父江班のメンバーらに、尾身さんはそう伝えたという。

 この結果は16年の副反応検討部会で報告され、今年1月に正式な論文になった。

 調査対象は、全国の医療機関の1万1千診療科。15年7月から12月の間に、痛みや感覚の障害、運動障害、自律神経症状、認知機能の低下のいずれかの症状が3カ月以上続き、学校や仕事に影響がある12~18歳を診察したかを尋ねた。

 一つ以上の症状がある女子は10万人あたり40.1人。このうち、接種していない女子は同20.2人、接種後に発症した女子は同27.8人だった。接種の対象となっていない男子も同19.8人いると推計された。

 これを踏まえ、研究班は「接種していない人でも多様な症状を訴える人が一定数いる」と結論づけた。

 接種後のほうが多いが、接種していないグループと接種したグループの年齢分布に偏りがあり、接種によって増えたかどうか、統計的な評価はできないという。

 12~18歳の女子では、接種していなくても、年間に10万人あたり7.3人に「多様な症状」が現れる、と推計された。

 多様な症状の発症が偶然、接種後だった。多くの人がワクチンを接種すれば、そんなケースも起こりうる。

 思春期は心身が成長する時期で、「起立性調節障害」と呼ばれる状態が起きやすいことが知られている。

 起立性調節障害は、起き上がったときに脳や体への血流が低下し、めまいや吐き気などが出る。それだけでなく、だるさや頭痛、感覚過敏などの「多様な症状」が出ることもある。

 調査の実施責任者の福島若葉・大阪市立大教授は「ワクチンの接種にかかわらず、思春期の子どもたちにどんな症状があるか理解できた。今後、ワクチン接種後に多様な症状がみられたときも、今回の結果が参考になるのではないか」と話す。

9年前の違い、医療者の理解進む

 「ワクチンを接種したかどうかにかかわらず、体の反応として全身の痛みが起こることを医療者側が意識するようになった。そこが9年前との大きな違いだ」。厚労省の副反応検討部会長を務める森尾友宏・東京医科歯科大教授(小児科)は、研究班の報告についてそう話す。

 部会は昨年11月、積極的勧奨の再開を決めた。多様な症状に対し、ものごとのとらえ方を変え、行動を変えていく「認知行動療法」によって、一定の改善効果があることもわかった。

 一方、こうしたことがわかるまでに時間を要し、多様な症状を訴える人に対し、9年前には適切な医療を提供できなかった。これを教訓とし、医療者側は多様な症状や対策について勉強会などで学んできたという。

 今後、接種者が増えると、多様な症状の訴えは増える可能性がある。だが、国内には、接種後の有害事象(接種後に起こるあらゆる好ましくない出来事)が、接種していない人より多いのかどうかをすぐに比べる仕組みがない。接種の有無と、接種後の症状などの医療情報を結びつけてデータを集めるシステムの整備が求められている。

 HPVワクチンは、国内で一般的な「皮下注射」ではなく、肩に近い上腕の三角筋に接種する「筋肉注射」だ。新型コロナワクチンと同じ手法で、医療スタッフがコロナワクチンで慣れたこともあり、接種環境はよくなっているという。

 接種後に起きる症状を専門に診る協力医療機関は、各都道府県内にある。ただ、接種時の状況を確認しながら診察する必要があるため、厚労省は「まずはすぐに接種した医療機関やかかりつけの医師に相談したうえで、協力医療機関への受診を検討してほしい」としている。

対象者の家庭に予診票届くように

 子宮頸がんの9割以上は、ヒトパピローマウイルスの感染が原因とされ、性交渉によって感染する。ほとんどの人はウイルスが自然に排除されるが、ごく一部の人で感染が持続し、数年以上かけてがん化する。

 HPVワクチンは、ウイルスの感染を防ぐことが目的のため、初めての性交渉前に接種することが望ましい。小学6年~高校1年相当の女子が定期接種の対象で、標準的には、中学1年の間に半年かけて3回接種する。

 HPVは200種類以上の型があり、がんを起こしやすいものは20種類ほどある。定期接種となっているHPVワクチンは、子宮頸がんの50~70%を占める16型と18型の2種類のHPV型に効果がある。

 積極的勧奨が止まっていたために、接種の機会を逃した1997~2005年度生まれの女性は、公費で接種することができる。過去に1回、または2回接種後に中断していても、残りの回数は公費負担となる。

 16型と18型に加え、52型や58型などの感染も防ぐ「シルガード9」を定期接種の対象にするか、厚労省の部会で議論が続いている。結果が出るまでにはしばらくかかる見込みだ。現時点では自費接種となる。

 スウェーデンのチームは06~17年に10~30歳の約167万人のデータを調べ、接種した人では子宮頸がんの発生率が63%低く、16歳までに接種した人に限ると88%低かった。

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