キーンさんの「書誌」に新潟出版文化賞

戸松康雄

 2022年は、19年に96歳の生涯を閉じた日本文学研究者ドナルド・キーンさんの生誕100年にあたる。キーンさんと親交があった敬和学園大(新潟県新発田市)名誉教授の北嶋藤郷(ふじさと)さん(84)は昨年、キーンさんの著書や講演、寄稿などの足跡をまとめた「書誌」を出版した。三島由紀夫や安部公房らとの交流も描き、キーンさんの人物像を立体的に浮き上がらせる作品で、県が自費出版の本を主な対象に公募した「第12回新潟出版文化賞」の大賞に選ばれた。

 書名は「日本におけるドナルド・キーン書誌/ドナルド・キーンをめぐる人びと」。人生をたどる「書誌」とゆかりの13人を取り上げる「人びと」の2部構成になっている。

 中央大大学院で英文学を学んだ北嶋さんは、県立両津高校の英語教師だった1963年、新潟市の書店でキーンさんの「日本の文学」(吉田健一訳)を手にした。「芭蕉の俳句に対する考察などすばらしい」

 キーンさんの著作を読み進め、78年に大学院での恩師・野崎孝さんの呼びかけによる夕食会で初めて対面した。ステーキを食べながら楽しそうに、鑑賞したばかりの歌舞伎を論じる人柄にひかれ、その後はキーンさんの自宅を訪ねるなど交流を重ねた。

 一方、米国の大学で、文学作品などが書かれた環境や背景を記録する「書誌」の重要性を学ぶ。91年から教授を務めた敬和学園大で、キーンさんの書誌をまとめる作業を進めた。

 様々なエピソードを盛り込むほか、キーンさんに関する新聞記事なども幅広く紹介。2016年に朝日新聞の短歌欄に投稿された兵庫県の女性の「軽井沢駅にて『あさま』待つ列に佇(たたず)む微笑ドナルドキーン氏」も収められている。

 晩年まで旺盛な活動を続けた姿に「キーンさんは、日本に来てワーカホリックになったとよく話していた」と北嶋さん。今回の出版を通じて、キーンさんの功績を後世につなげたいとの思いがさらに強くなったという。

 新潟出版文化賞の総評で、選考委員長の作家藤沢周さんは「書誌において、このような血の通ったものが、今まで存在したであろうか。キーン研究において、本書は絶対必須のものとなろう」と記した。

 北嶋さんによると、キーンさんは自伝を書いているが、作品数が膨大なためか、他者による「評伝」はまだ書かれていないという。「評伝に取り組むような若い研究者にとって、道しるべになる本だと思ってもらえたら、うれしい」と話していた。

 新潟市中央区古町通4番町の考古堂書店で取り扱われている。(戸松康雄)…

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