第12回北方領土泳いで渡った事件でわかったこと 境界に翻弄される人々

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大野正美 松尾一郎

 「ノカルドは私のもとで2年間、日本語を学んだ。国後(くなしり)島の南端に、自然の好きな外国人向けのテント村をつくりたがっていた。だが、誰も彼を助けず、金もなかった」

 こう語るのは、北方領土・国後島の中心地、古釜布(ふるかまっぷ、ロシア名ユジノクリリスク)に住む魚類学者のゲオルギー・クリンスキーさん(68)だ。島に電話をして話を聞いた。

 「ノカルド」とは、昨年8月に国後島から泳いで根室海峡を越え、24キロ離れた対岸の標津(しべつ)町にたどりつくという「事件」を起こしたバース=フェニクス・ノカルドさんである。島の住民で、そのとき38歳。

国後島の「日本通」

 クリンスキーさんは、北方領土からのビザなし交流でこれまでに10度ほど日本を訪れている。とりわけ、札幌市に1カ月ほど滞在して毎日平均6時間、日本語を学ぶ研修コースを受けるために来日することが多かった。おのずと日本への関心が深まり、知識も豊かなものとなった。

 国後島でも有数の「日本通」とあって、周りには日本に関心を持つ島の住民が集まってくる。日本語を学びたい人々に「センセイ」と呼ばれながら、古釜布の図書館の一室を借りて教えている。

 ノカルドさんも、この日本語教室の生徒の一人だった。「とても勤勉で好奇心が強く、私よりよく知っていることもあった。アニメなどを見て、日本にあこがれが生まれたようだ」とクリンスキーさんはいう。

 「センセイ」のようにノカルドさんにも、ビザなし交流での日本語研修コースを受けに札幌へ行く希望を抱く時期があった。だが、クリンスキーさんには「『日本に行く』とはまったくいわないまま、突然姿を消してしまった」という。

 北方領土の「境界」をめぐる動きは、西欧やロシアのジャーナリズムによっても光が当てられている。

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