街中で突然見知らぬ人に声をかけられたらどうしますか。何か危険なことがあるかもしれません。でも、ひょっとしたら認知症の人で無邪気に声をかけてきたのかも。そんなことを感じ取ったときは、どんな対応をしたらよいのでしょう。精神科医の松本一生さんが解説します。
先日、久しぶりに新幹線に乗りました。日本中を行き来するビジネスパーソン(ビジネスマン)とは異なり、私の場合は講演のために移動すること、離れたところで病気と向きあう人への往診、学会参加などを除けば診療所にいることが多く遠出は限られます。加えてこの2年のコロナ禍で行動範囲はずいぶんと小さくなっていました。そんなある日、早朝に乗り合わせた新幹線で経験した話がありました。プライバシーの問題もあるので、設定や内容を変えて、そのときのできごとをご紹介します。
車中で突然の声
コロナ禍を経験した車中は、以前と比べてずいぶん静かでした。飛沫(ひまつ)の拡散を控えるために、乗客はお互いの話を控え、マスクをして静かに目的地を目指していました。
私は自宅がある京都から品川に向かう途中でしたが、「のぞみ」が名古屋を過ぎたころのことです。名古屋で乗車したと思われる中年夫婦の夫が、突然、隣席のビジネスパーソンとおぼしき男性乗客に向かって「おはよう、あんた孫は何人いるの」と大声を上げたのです。あまりにも唐突でした。
声をかけられた男性はその夫とほぼ同じ年代です。とっさのことに驚いたと思いますが、なんと彼は落ち着いた様子で「うちには2人の孫がいて、今度は誕生日のプレゼントを一緒に買いに行くんですよ」と、さりげなく返事をしました。おそらく私だけではなく、その車両の近くにいた乗客は一様に驚いたことでしょう。
困惑する妻を救うひとこと
大慌てをしたのがその人の妻…
連載認知症と生きるには
この連載の一覧を見る- 松本一生(まつもと・いっしょう)精神科医
- 松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など