新風起こせない「現職重視」の仕組み 影薄い「公平」報道のメディア
論壇時評 東京大学大学院教授・林香里さん
総選挙が終わって、世の中は経済対策の話で盛り上がっている(ように見える)。けれども、私の中では結果を咀嚼(そしゃく)しきれず、オイテキボリ感がぬぐい切れない。
政治学者の白井聡は、〈1〉で、「選挙結果が物語る事実は、日本の有権者は政権交代を望まなかった、ということ」と総括した。しかし、果たして今回の「選挙結果」は、日本の有権者の意向を正確に反映する「事実」だったのだろうか。
政治思想研究者の藤井達夫は、〈2〉で、新自由主義によって個人化が進み、ポピュリズムによって権力が私物化される先進諸国では、選挙=民主主義の等式は崩れ去ったと論断する。藤井によると、福祉国家が完成していく20世紀の中盤までは、政党が富の再分配をめぐる民意の合意形成母体となり、選挙が民主的手続きとして機能していた。その後、政治の争点は多様化し、選挙は民主主義の理念を実現する役割を果たせなくなったという。世界中で選挙制度のあり方が問題視される中、日本では今回も自民党一党優位体制が選挙で承認を得た形となった。
今回、岸田文雄首相は「国民の皆さまからの信任」を問うとして政権発足からわずか10日後の10月14日に衆議院を解散した。第1次岸田内閣は現行の憲法下で最も短命だった上、解散から31日の投開票日までも17日間と、最短だった。
〈3〉では、政治学者の藤本一美が、10月21日にどのみち任期満了になる議会を岸田首相がわざわざ14日に解散した経緯を、「弱気の首相像」を打破し、「総裁選の熱があるうちに」やろうとしたからだと説明する。新しいリーダーの自己都合ともいえるような理由で日程が早まった選挙の投票率は、結局、56%ほどで戦後3番目に低かった。
急ごしらえの選挙では、顔も名前も知られる現職かつ与党の議員が有利になる。政治学者のケネス・盛・マッケルウェインは、〈4〉で、公職選挙法が自民党現職議員に有利になるよう戦後少しずつ改正されてきたと指摘した。なかでも選挙運動期間に関しては、公職選挙法が定められた1950年当時は30日あったにもかかわらず、その後徐々に短縮され、同法はますます自民党現職議員に有利に働くようになった。
衆院選後の「オイテキボリ感」の原因を探る林香里さん。後半では、現職重視の仕組みに潜む課題に加え、テレビや新聞の「公平」報道の問題点にも切り込みます。
自民党が築き上げた「現職重…
- 【解説】
著者による、公職選挙法の選挙運動規制の問題点の指摘はもっともだ。 こうした状況の責任は、最高裁にもある。 選挙運動を憲法上どのように位置づけるかについては、「表現の自由の理念からすれば、選挙運動は自由に行われるのが原則」という立場と
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