第1回逢坂氏単独インタビュー「小泉首相に叫んだあの日が原点」
枝野幸男前代表の後任を選ぶ立憲民主党代表選は19日に告示され、30日に新代表が決まる。立候補した逢坂誠二元政調会長(62)、小川淳也元総務政務官(50)、泉健太政調会長(47)、西村智奈美元厚生労働副大臣(54)の4氏に朝日新聞が単独でインタビューした。
初回は逢坂誠二氏。選挙戦では、ニセコ町長や国政での「実務経験の長さ」をアピールする。「政治家も公務員も嫌いだった」と語るが、なぜ今回、立候補に至ったのか。与党に対峙(たいじ)する野党第1党をどう立て直すのかを聞いた。
――当初、立候補には慎重だったが、なぜ立候補を決めたのか。
「ウィングを広げなくちゃダメだ」という危機感
政策のウィング(幅)を広げなくちゃダメだという強い思いがありました。自分たちの政策を深化すればするほど、意見のあわない人を排除することになり、組織としてどんどん小さくなっていきます。中にいればそれは心地良い。でもそれでは、政権交代なんて100年先だと思いました。ここで言わなければ後悔すると思いました。
――ウィングを広げるといっても、何をしたい党なのか分かりづらいが。
では、自民党は政策的に何をしたい党なのでしょうか。私たちは国家主義的な国のあり方ではなく、個人を大切にする。新自由主義的な経済ではなく、互いが支え合う社会。そういう社会のあり方をめざしています。その点は自民党とは決定的に違います。
公務員と政治家は嫌いだった
――ニセコ町職員から町長へ。きっかけは。
大学では免疫の研究をしていました。そのまま続けていたら今頃はワクチンの開発をしていたかもしれません。しかし、親が病気になり、転勤のない町役場に入りました。ただ、私は公務員と政治家が嫌いでした。理由は明確で、公務員は仕事をしないから。政治家はうさんくさいから。
町役場に入ってみたら、自分がちょっと怠けるだけで数千万円が無駄になると気づく。それから必死に勉強しました。でも上司(当時の町長)にまったく理解がなかった。35歳で役場を辞めようと思いましたが、周りから「役場を辞めるぐらいなら町長に挑戦しろ」と言われて挑戦しました。
――政治家が嫌いだったのに政治家に。
政治家がうさんくさいのは、根拠や理屈がないものについて判断しているからです。でも、右に行くのか左に行くのか分からなくても判断しなくちゃいけない。それが政治なんだということに気づきました。公務員の重要性に気づいたのが29歳、政治の重要性に気づいたのが35歳。そういう意味では遅いんです。
――なぜ国政へ。
国政へのきっかけは「小泉改革」 小泉首相へのヤジ
きっかけは小泉改革です。地方交付税が大幅に減らされ地方自治がつぶれると思いました。2004年にNHKホールであった全国町村長大会。小泉(純一郎)さんが会場を出る時、ステージに向かって、「このままじゃ日本がつぶれるぞ!」と大声で叫んだのが私でした。
その後、地元新聞のインタビ…