なぜ立ち退き、それは東京五輪のため 「加速する問題」専門家に聞く

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土井恵里奈
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 ついのすみかを、なくしました。オリンピックのために――。

 公開中の映画東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」(青山真也監督)は、住民たちが立ち退きを強いられる様子を描いています。場所は明治神宮外苑国立競技場のすぐ近く、競技場の歓声の聞こえる距離にありました。この都営住宅はなぜ建てられ、なぜ解体されたのか。理由はどちらも東京五輪でした。

 住まいと貧困の問題に取り組む一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さんによると、これは特殊なケースではないといいます。コロナ禍のいま、むしろ現在進行形で加速している、と。五輪が終わっても続く問題を考えます。

稲葉剛 1969年広島市生まれ。被爆2世。大学在学中は平和運動に参加。94年、東京・新宿を拠点に路上生活者支援に取り組み始める。年越し派遣村など社会活動で知られる湯浅誠さんとともに2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。東京五輪開催を機に14年、一般社団法人つくろい東京ファンドを設立。施設ではなくプライバシーの保たれた住まいの提供を最優先に掲げる「ハウジングファースト」の考え方に基づき、生活困窮者支援の最前線に立つ。

――映画の印象は

 東京五輪の問題は、コロナの感染対策の問題に絡んで大きく知られるようになりました。しかし、国はコロナ以前から人々の命をないがしろにしてきた。改めてそれを明らかにしてくれた作品だと思っています。

映画「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」

「東京オリンピック2017」。このタイトルがすべての映画だ。2020でもなく、2021でもなく、なぜ4年前なのか――。もう一つの、五輪の物語。

 五輪と排除の問題は昔からあります。2016年のリオ五輪では、ファベーラといわれる貧困地域の排除が問題になり、激しい抗議デモが起こりました。現在の「つくろい東京ファンド」を作った背景の一つにも、東京五輪があります。開催によって路上生活者に対する排除が強まる危機感を抱きました。実際に、明治公園で路上生活をしていた方々のテントは強制執行という形で撤去されました。

――映画の舞台となった霞ケ丘アパートは都営住宅です。住民の多くが立ち退きに難色を示していましたが、安く住めるアパートは減っているのでしょうか

 以前は、都内にも風呂無しや4畳半の木造の賃貸住宅がよくありました。月3万円などで借りられ、低所得者の受け皿として機能していた。しかし東日本大震災以降、耐震性の問題もあって取り壊されるようになっています。銭湯が少ない中、新たに風呂なし物件が作られることはなく、家賃は5万、6万円。さらに敷金礼金、手数料で初期費用が20万円ぐらいはかかります。払えない人は、ネットカフェや脱法ハウスと呼ばれるような劣悪なシェアハウスへ行き着く。

安全網はクモの糸

――映画では、新たな住まいへと移る高齢者や障害者の大変さが描かれています。

 高齢者の住宅事情に関しては、「あまり入居してほしくない」という民間賃貸住宅オーナーが6、7割に上ります。孤独死が困るから、入居拒否をする事例は増えています。障害者に対する入居差別も厳しい。

 今回の映画では、住人は都営住宅から都営住宅へ引っ越しましたが、一般的には都営住宅は倍率が非常に高い。20倍、30倍ということもあり、セーフティーネットとして機能していない。クモの糸です。

 戦後の1950、60年代は公営住宅をどんどん作っていく方針でしたが、人口の減っている今は違います。自治体としては、地域の公営住宅に低所得者や高齢者が集まるので、そういう住宅を作りたくない意向が働いています。

 ヨーロッパだと、公的な住宅が2、3割ほど存在している国や地域がありますが、日本では少なすぎます。公営住宅やUR住宅など全部合わせても6、7%ほど。入れればラッキーで、大多数の低所得者は民間の賃貸住宅を探さないといけない。低所得者向け住宅は、実質的には民間市場任せです。

――民間任せの問題点は

 民間は営利で行っているわけです。質が良く安価な住宅の提供は難しい。行政が住宅市場に公的な介入をすることが必要です。

――今回の住民のように次の住まいを見つけられたら生活のめどは立ちますが、誰もができるとは限りません。稲葉さんは、行き場のない人が民間の貧困ビジネスの施設に行き着く問題を指摘しています。

 貧困ビジネス施設が終(つい)のすみか化している実態は以前から問題視されています。住まいのない人が生活保護を申請した時、行政が施設を紹介し、そこに入れば生活保護をかけましょうと対応する。本来は強要してはいけないことになってるのですが、事実上施設に入ることが生活保護の条件となる運用をしているところが少なくない。

 さらに、居住環境の劣悪な施設もあります。東京だといまだに10人部屋があり、すし詰め状態に近いところも。しかも生活保護費の大半が宿泊費、食費の名目で天引きされ、手元にお金が残らない。厚生労働省は少しずつ改善に動いていますが、まだまだ問題はあります。

――そうした施設に流れ着くきっかけの一つに、映画のテーマの「立ち退き」があると聞きます

 元々賃貸住宅に暮らしていた…

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