朝鮮通信使を学べる歴史館が対馬に開館

対馬通信員・佐藤雄二
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 室町~江戸時代に朝鮮国が日本に派遣した外交使節団・朝鮮通信使の歴史と、それを国際的に発信してきた市民活動を紹介する「対馬朝鮮通信使歴史館」が10月30日、長崎県対馬市厳原町国分に開館した。町田一仁館長はコロナ禍で中止になった同通信使ゆかりの地の交流大会を来年はぜひ実施し、「各地の方々に通信使の歴史の新たな発見につなげてほしい」と施設の役割に期待している。

 同歴史館は来年4月に市により開館予定の対馬博物館の分館という位置付け。「朝鮮通信使に学ぶ誠信(せいしん)の交流」をテーマに、その歴史や江戸時代中期に対馬藩に仕えた儒学者・雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)の誠信外交、ソウルから日光に至る通信使ゆかりの地での交流の足跡などを紹介している。

 また、通信使の紹介に力を尽くしたNPO法人「朝鮮通信使縁地連絡協議会」の松原一征理事長や、研究者の辛基秀(シンギス)氏らが収集した資料を収蔵。朝鮮通信使船や、現在の韓国・釜山にあった対馬藩の居留地「草梁倭館(そうりょうわかん)」の模型なども展示している。

 町田館長は「まずは一通り網羅した展示をするが、今後は雨森芳洲や易地聘礼(えきちへいれい)(通信使と国書を交換する場所を江戸から対馬に変更したこと)などテーマを決め、深掘りするような展示替えをしたい」と話した。

日朝交流を写真に撮り続ける仁位(にい)孝雄さん(80)

 対馬朝鮮通信使歴史館の開館日には対馬市交流センターで、日朝交流の足跡を写真に撮り続けてきた仁位(にい)孝雄さん(80)による「文禄慶長の役&朝鮮通信使」と題した講演会も開かれた。対馬出身の仁位さんは、県職員だった1989年に対馬支庁(現対馬振興局)に赴任。対馬の振興策を考える中で朝鮮通信使の存在に目を向けるようになり、関心を深めた。

 講演で仁位さんは、日朝交流ゆかりの地で撮りためた写真を交えながら、豊臣秀吉による朝鮮出兵「文禄・慶長の役」の後、対馬藩が苦労して国交を回復し、長く交流を続けてきた歴史や、今も残る史跡や歴史を生かしたまちづくりなどの事例を紹介した。

 仁位さんは「通信使がユネスコの『世界の記憶』に登録され、歴史館が開館したが、厳原の街から武家屋敷や石垣など(かつて対馬を治めた)宗(そう)家の城下町の風情を残すものがなくなっては意味がない。それらを基本としたまちづくりが大事だ」と訴えた。

 そして、今後の日韓交流について「今はコロナ禍で行き来ができないが、言葉が通じなくても心が通じ、言わんとすることを相手が自然に察知してくれたり、自分がわかったりすると楽しい。交流がSNS中心になってきているが、実際に行ってみるのとでは全く違うし、言葉がわからないなりに通じ合えるものがある。特に若い人たちには怖がらずに外に出てほしい」と語った。(対馬通信員・佐藤雄二)

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