ナイチンゲール病院から「寄せ鍋病院」へ コロナ病床が足りない理由

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聞き手=後藤一也
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 なぜ、日本にはこれだけ病院にベッドがあるのに、新型コロナウイルス対応に苦労しているのだろうか。公立・公的病院と民間病院の役割、医療費や経営の問題など、様々な課題があるとされるが、そもそも病院の建築・構造に問題はないのか。医療福祉建築が専門の長澤泰・東京大名誉教授(76)に、これからの病院の理想像を聞いた。

 1944年福島県生まれ。68年東京大工学部建築学科卒、80年厚生省病院管理研究所主任研究官などを経て、93年東京大工学部教授。2007年工学院大教授・東京大名誉教授、19年工学院大共生工学研究センター長。日本医療福祉建築協会元会長。

 ――新型コロナによって、病院の役割に注目が集まっています。

「戦前の死因は主に感染症でした。結核やコレラ、チフス、天然痘に悩まされ、多くの人が亡くなりました。明治時代には、『避病院』や『結核療養所』という感染症を専門に診る病院が作られました。例えば、都立駒込病院は元々避病院から始まっています。そこでは、消毒と隔離が重視されてきました。手術器具も消毒をすれば感染症は減ることがわかり、19世紀後半から様々な医療技術の進歩も相まって、医療が革新しました。このことは、『外科の夜明け』という本に見事に書かれています」

 「戦後になり、さらに大きく変わったのは感染症に治療法が出てきたことです。不治の病であった結核に対しても抗生物質が出て、感染症が治るようになりました。すると、病院も感染症対策から、がんや生活習慣病対策が目的になってきました」

戦前の主流はナイチンゲール病棟

 ――戦前の病院の建築方式はどのようなものだったのでしょうか。

 「病院での感染症対策については、ナイチンゲールが最初に提唱しました。ナイチンゲールはクリミア戦争のとき、戦争による傷ではなく、野戦病院の衛生環境の悪さのために、どんどん兵士がなくなることに気付きました」

 「ナイチンゲールは戦争から戻り、ベッドを両側に約15床ずつずらっと並べる『ナイチンゲール病棟』と呼ばれる、病棟デザインを提案しました。隣とのベッドの間隔を1・5メートル空け、天井高は約5メートル、ベッド周りをゆったりとさせて十分な換気と採光をします。こうした病棟を独立した建物にして、廊下で結ぶ『パビリオン型』という建築が病院の主流となりました。ナイチンゲール病棟が今も残っていたら、新型コロナへの対応も違っていたかもしれません」

■空調設備の発達で病院は都会…

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