片手では難しい作業はふたり一緒に 脳卒中経験者が働く喫茶店

皆木香渚子
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 愛知県名古屋市中区の市営地下鉄伏見駅に直結した地下街に「喫茶ドリーム」の看板が掲げられている。看板の文字はこう続く。「脳卒中障害者が働く喫茶店」

 ドアのない幅広い入り口の奥にはカウンターがある。店内で働いているのは、脳出血脳梗塞(こうそく)など「脳卒中」の後遺症がある人たちだ。運動障害や失語症、記憶障害のある30代から70代までの約30人が、交代で接客、調理や、メニューの考案、売上金の集計などを担当している。

 コーヒー豆の容器は、ボタンを押すとふたが開く。片手で開けることができるつくりだ。片手では難しい作業はふたりで協力。ひとりがパンを抑え、もうひとりがバターを塗る。

 物の場所が思い出せず作業に困ることがある記憶障害の人のために、引き出しにはイラストつきの貼り紙を用意。店内では、ゆっくり会話することを心がける。言葉が出にくい失語症の人が話しやすいようにという配慮だ。

 森山禮(れい)子さん(76)は15年前、脳出血になった。半身不随と失語症がある。喫茶ドリームで働くようになって10年以上。「倒れた私でも働けるのはうれしい」と話す。

「悩みを分かち合える居場所」

 突然発症する脳卒中。命の危機は脱しても、後遺症にショックを受け、その後の生活に絶望感を覚える人もいる。その思いを和らげようと脳卒中経験者や家族らが1999年に「喫茶ドリーム」をつくった。現在「小規模作業所ドリーム伏見」(略称・ドリーム)が喫茶など4事業を営む。

 田中雄介さん(58)は、ドリームが運営する「パソコンアート教室」で講師を務める。現在6年目だ。

 以前は食品スーパーの精肉店の店員。長時間の激務が続いていた11年前、仕事中に倒れて利き手側の右半身にまひが残る。

 退院後、パソコンソフトのワードやエクセルで絵を描くシェイプアートを知り、独学で描くようになった。手がけたシェイプアートがドリーム関係者の目にとまり、講師にならないかと声がかかった。

 作品のもとになる画像は、左手の人さし指と中指でキーを打って検索する。見つけた画像を参考に、ワードの機能を活用してキャンバス地風に変更したり、グラデーションをかけたり、オリジナルのデザインを加えたりと、自分の作品に仕上げていく。1枚を仕上げるのに5、6時間。「気づいたら時間が経っている」という。

 教室には脳卒中を経験していない人も生徒としてやってくる。ある日の教室で示したお手本には、「とりあえず笑っとこ なんとかなるさ」と文字を書き込んだ。隣に添えたのは、ほほえむお地蔵さんの絵だ。「日常生活で動きに、どうしても制限を感じてきた。自分を落ち着かせようという気持ちを込めたメッセージ」と田中さんは話す。

 ドリームは2013年、市の「作業所型地域活動支援事業Ⅲ型」の認定を受けた。ここで働き続ける人も、数年通い一般企業に就職する人もいる。後藤みなみ副所長(27)は「ドリームは脳卒中の経験者が悩みを分かち合える居場所。今後、企業や就労支援施設に勤める人にとっても、ステップアップの場になれば」と話す。(皆木香渚子)

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