イラン、隣国アフガン情勢を注視 タリバーンの動き警戒

有料記事アフガニスタン情勢

テヘラン=飯島健太
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 イランが隣国アフガニスタンの情勢を注視している。反政府勢力タリバーンが主要都市を制圧、15日にはガニ大統領が国外脱出し、政権が崩壊した。イランは東側900キロにわたって接する国境の警備を強化し、タリバーンの動きや難民の大量流入を警戒する。

 アフガニスタンでは、2001年の米同時多発テロを機に駐留を続けていた米軍が完全撤退を進めている。タリバーンは6~12日に、イランと接する西部3州(ニムルーズ、ファラー、ヘラート)の州都を制圧した。

 「国境に兵力を配置しており、確実に安全だ」

 13日、イランで国境警備を担う軍事組織、革命防衛隊のサラミ総司令官が、アフガニスタン国境の都市マシュハドを訪れ、こう強調した。

 イランはタリバーンが活動を始めた1994年からしばらく敵対していた。革命防衛隊で対外活動を担うコッズ部隊を通じ、アフガニスタンのほかの勢力とともにタリバーンに対抗していた。

 98年には、タリバーンが制圧した北部マザリシャリフで、イランの外交官と記者の計11人が殺害され、軍事的な緊張が一気に高まった。

 米同時多発テロの後は、国際テロ組織アルカイダをかくまっていたタリバーン勢力の居場所について、空爆を進める米国に情報を提供していたとされる。

 だが、当時のブッシュ大統領がイランを「悪の枢軸」と名指ししたことで、米イランが対立関係に戻ると、イランは対タリバーンの姿勢を転換させた。

 米政府によると、コッズ部隊は遅くとも06年には、タリバーンに武器や金銭の供与を始め、アフガニスタンに駐留する米軍への攻撃を支援してきたという。

 イランでは米国の「対テロ戦争」でタリバーン政権とイラクのフセイン政権が崩壊するのを目の当たりにし、「次は自分たちだ」という脅威が広まっていた。

 イランはタリバーンと政治レベルの交流も続けてきた。今年7月にはテヘランで、アフガニスタンの政府側とタリバーンの代表団を招き、会合の場を取り持った。

 今月8日、イランのザリフ外相はテヘランで国連事務総長特使と会談し、「アフガン勢力内の対話を支援する準備はできている」と述べ、協力姿勢をアピール。外務報道官は10日の記者会見で「我々はアフガニスタンの国民を血縁と見ており、彼らの安全保障は常に我が国の課題だ」と強調した。

 イランメディアによると、国内には300万人余りのアフガニスタン出身者が暮らす。公用語のひとつダリー語は、イランの公用語ペルシャ語と近く、難なく意思疎通できる。

 旧ソ連による1979年のアフガニスタン侵攻がイランへの移住を加速させ、昨今ではそうして先に逃れてきた親類や友人を頼るケースが多いとされる。

「タリバーン抑圧下で生きるより、イランはよほど安全だ」

 テヘランに住む空調修理工の…

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