戦後世代が描く戦争 原爆漫画家・西岡さんお勧め4選

核といのちを考える

榎本瑞希
[PR]

 8月は戦争を考える季節。体験者の話を聞く機会が減っても、南洋の激戦地や空襲などを描きつづける漫画家たちがいる。2008年から長崎原爆を描いてきた漫画家の西岡由香さん(56)=長崎市=に、同じ戦後生まれの手による4作品を紹介してもらった。

 「ペリリュー 楽園のゲルニカ」(武田一義)は、日本兵1万人が米軍と戦いほぼ全滅した南洋の島が舞台だ。キャラクターはかわいらしい3頭身。雨で体を洗ったり、召集前の職業を生かして部隊を助けたりと生活が丁寧に描かれる。「戦場は日常の延長線上にあるんだと感じる」と西岡さん。

 主人公は遺族に兵士の最期を知らせる「功績係」。「勇敢に戦った」という手紙ばかり書くが、実際にはどんな最期を遂げていったのか――。戦史研究家の協力を得て史実に肉薄する。

 名古屋大空襲を少女の視点で描く「あとかたの街」(おざわゆき)は、作者の母がモデル。シベリア抑留経験者の父に取材した「凍りの掌(て)」とともに推薦する。

 西岡さんが注目するのは「描き文字」と呼ばれる音の表現だ。「実際の音を再現しようとこだわっているのが伝わってくる」。作中で焼夷(しょうい)弾は雨のように「ザアアアア」と降る。主人公は空襲を受けても逃げずに消火するよう言いつけられていたが、ハタキを手に立ち尽くす。

 食にまつわる短編集「戦争めし」(魚乃目(うおのめ)三太)は人情を描く。出征する息子に貴重な卵を食べさせようと走る母親、戦地でノリの代わりにキャベツで巻きずしをつくる寿司(すし)職人――。「一人ひとりの物語が胸に迫る」と西岡さん。単行本第6巻の舞台は長崎。料理研究家の脇山順子さんら3人の被爆者が登場する。

 最後は、「cocoon(コクーン)」(今日マチ子)。沖縄のひめゆり学徒隊に着想を得た作品だ。少女たちはふわふわと優しいタッチで描かれるが、ページをめくると肉片になってしまう。

 作者は原爆やナチスドイツによるユダヤ人の迫害など戦争をテーマに創作を続ける。インタビューで戦争について「描ききれない部分が常に出てくる」と答えているのを読んで、西岡さんは「それが次に向かう力になるんだなと思った」という。

 西岡さんは最初の作品「夏の残像」(2008年)を出版するまで、8年かけて原爆資料館の図書室で本を読んだり被爆者に話を聞いたりした。体験していない史実を描くことには迷いもあったが、「僕たちが体験したことの1万分の1でいいから描いてほしい」という被爆者の言葉に背中を押された。

 大事にしていることは、実際に体を動かし、五感で感じること。被爆建物の写真を模写すると「直線がない」と気づき、爆風と熱線の威力を感じた。被爆クスノキのウロには顔を突っ込んでにおいをかいでみる。「想像して心で近づくことも大事だが、肉体で感じたことは忘れない」

 読んだ子どもが「原爆は怖い」と遠ざけてほしくないから、遺体の残酷な描写は控える。ただ、被爆者からは「描いてほしい」と言われたこともある。西岡さんにとって戦争を描くことは「後世に伝えていくための被爆者との共同作業です」。(榎本瑞希)

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

核といのちを考える

核といのちを考える

被爆者はいま、核兵器と人類の関係は。インタビューやコラムで問い直します。[もっと見る]