女子種目に出られなかった2選手、別種目で快走 物議醸す新規定

忠鉢信一 遠田寛生
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 東京オリンピック(五輪)第12日の3日、陸上女子200メートルで、性ホルモンの血中濃度が高いため女子400メートルには出られなかった2選手が快走した。ナミビアのクリスティン・エムボマとベアトリス・マシリンギ。エムボマは21秒81で銀メダル、マシリンギは22秒28で6位だった。

 レース後、ナミビアの旗を背負いながら報道陣の前に現れたエムボマは笑顔だった。「人生で最高の走りができたと思う。(同国の陸上選手で)伝説のフランク・フレデリクスと同じ銀メダル。彼になった気分だ。本当にうれしい」と声をふるわせた。

 規定で種目を変更せざるをえなかったことを「不公平に感じるか」という質問には「今は起きたことを喜んでいる。そのことは話したくない」。ただ、「400メートルだったら金はとれたか」という問いには「多分」とうなずいた。

 2人はともに18歳で、今年、女子400メートルで頭角を現した。性ホルモンのテストステロンの血中濃度が高いことがわかり、世界陸連の規定で得意の種目には出られなくなった。かわって、規定対象外の女子200メートルに出場した。

 テストステロンの血中濃度は一般的に、男性の方が女性より高い。陸上では、生まれつきテストステロンの血中濃度が高い女子選手は、女子400~1600メートルに出られない規定がある。世界陸連の見解では、すべての種目で優位性はあるとみられるが、現時点で確認できているのが400~1600メートルとして、200メートルは規定の対象外となった。

 テストステロンの血中濃度が高いのは性分化疾患(DSD)による場合が多いため、この規定は「DSD規定」と呼ばれる。リオデジャネイロ五輪女子800メートルのメダリスト3人は、いずれも現在、この規定の対象になっている。

 規定が有名になったのは、先天的にテストステロン値が高いとされた、女子800メートルで2012年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪を制したキャスター・セメンヤ(南アフリカ)の存在が大きい。

 18年4月、世界陸連は女子競技における公平性を保つためとして新規定の概要を発表した。テストステロン値が高い選手が国際大会で400~1600メートルの種目に出場する場合は、数値を薬などで基準値の5ナノモル以下にし、最低でも6カ月維持するよう求めた。世界陸連によると、ほとんどの女性は血中濃度が1リットルあたり2ナノモル(ナノは10億分の1)以下で、セメンヤら高数値の選手は7・7~29・4ナノモルだという。

 セメンヤらは人権侵害を訴え、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に申し立てをしたが、19年5月に棄却された。CASの判断は「新規定は差別的だが、選手間の公平性を守るためには必要」というものだった。

 不服としたセメンヤは、スイス連邦裁判所にも持ち込んだが、CASはスポーツにおける最高裁の位置づけだ。結論は覆らず、20年9月に訴えは退けられた。その後セメンヤは200メートルに転向して東京五輪を目指したが、選考会を突破できなかった。

 DSD規定は、導入発表から3年以上が経った今も物議を醸している。DSDに詳しい日本内分泌学会評議員の鹿島田健一・東京医科歯科大講師は「DSDの多くの人は自分の抱える医療的問題がDSDと知らない。DSDとわかっても、自分がDSDとは知られたくない。一般的な男性または女性として生きることを望んでいる。出生時からの性でスポーツへの参加を否定された場合、自身の性への尊厳のダメージが心配だ」と指摘する。

 エムボマとマシリンギは、400メートルで急激に記録を伸ばしたため検査の対象になったと見られている。本人も家族も、テストステロンの血中濃度が高いことは知らなかったという。

 鹿島田講師によると、DSDがスポーツの能力に影響を与える事例は、DSDの人の中でもごく一部で、「数万人から数十万人に1人の確率」だという。

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