バラの酵母でビールや日本酒 地域思う微生物学者の功績

佐藤英法
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福山大生命工学部教授・久冨泰資さん

 「ばらのまち」を掲げる福山市で咲いたバラから採取した酵母を提供してパン種やワイン、クラフトビール、日本酒づくりに活用してもらった。備後地域などの産品誕生に貢献した微生物学者だ。

 屋久島などを歩き、「生命の秘密を探る魅力がある」と野生酵母の解析をして新種を見つけた。性転換を導く未知の遺伝子の存在を明らかにしたとする論文が米国の科学雑誌(今年1月号)に掲載された。「集大成」と自負する。

 バラ酵母との付き合いは2013年にさかのぼる。「バイオの力を貸してくれないか」と福山市から持ちかけられた。ブドウの皮にある酵母が発酵を促し、ワインになる。バラで試みた経験はなかったが、「地域の宝探しになる」と奮い立った。

 バラへの市民の熱量は感じていた。公園や道路沿いの植栽を手入れする人たちがいる。薬剤師の妻も庭で熱心に育てる。

 市民のバラ熱は、戦争で傷ついた歩みに源流があるようだ。太平洋戦争末期の1945年8月8日、空襲があった。市によると、市街地の約8割が焼け野原になった。福山城の天守も焼失した。「心に和らぎを取り戻そう」と10年ほど過ぎて公園にバラの苗約1千本を市民らが植えた。そこは、ばら公園と呼ばれるようになった。

 研究開発ではバラ50品種から酵母約1300株を取り出した。発酵力が強い8株のDNAを調べ、安全性を確かめた。赤色の花が咲く「ミスターリンカーン」の花びらから得た。

 酵母を受け取った同市神辺町の蔵元「天宝一」は新酒に「ローズマインド」と名付けた。福山でバラを愛する人たちの合言葉。平和やバラ栽培への愛情、人への優しさという思いが込められている。

 「日本酒はあまり口に合わなかったが、これは別。酵母が咲かせた宝物」と身びいきを隠さない。市民の思いが響き合う一杯だ。(佐藤英法)

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 福岡県久留米市の出身。福山市在住。1980年に九州大学理学部生物学科を卒業。名古屋大学大学院の博士課程に学び、89年に理学博士。福山大学には88年から工学部助手として勤務し、2006年に生命工学部教授。日本進化学会会員、日本ブドウ・ワイン学会会員。

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