壬生の医士 最強の証明 町資料館テーマ展

中村尚徳
[PR]

 江戸後期、医療先進地だった壬生藩の歴史をたどるテーマ展「壬生の医士―幕末最強のドクター」が、栃木県壬生町の町立歴史民俗資料館で開かれている。当時多くの死者を出した天然痘を予防する種痘の重要性を説き、その徹底を藩医に命じた藩主の口上書などを見ることができる。

 同館によると、開明派の藩主・鳥居忠挙(ただひろ)は蘭学(らんがく)を積極的に採り入れ、医学の近代化をはかった。1857年にオランダ軍医ポンペが来日すると、藩医の榊原玄瑞(げんずい)を長崎に派遣し、日本で初めて体系的な西洋医学を学ばせた。

 二宮尊徳の主治医でもあった壬生藩医・斎藤玄昌(げんしょう)は1840年、関東諸藩で初めて人体を解剖。忠挙の指示で全国的にも早い段階で領内での種痘を進めた。28点の展示資料には、斎藤らによる人体解剖の記録「解体正図」も含まれている。

 明治維新後に「漢方の六賢人」と呼ばれ、明治天皇の御用医師だった藩主の侍医で漢方医の河内全節(こうちぜんせつ)の肖像や関連資料も展示した。また、戊辰戦争で負傷兵の治療にあたった壬生の女性が国内初の看護師だった、と紹介している。

 8月22日まで。月曜、祝日休み。無料。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません