「片腕の高校生力士」の奮闘に感化 優勝王手の照ノ富士

波戸健一
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 大関に復帰した照ノ富士が、今場所も快進撃を続けている。13日目を終えて12勝1敗の単独首位。この場所前、あるアマチュア力士に力をもらったという。

 「隻腕の力士」として1990年代に活躍した布施美樹さん(47)だ。

 布施さんは小学2年生の時、飼料用のカッターに過って右腕を巻き込まれ、ひじから下を失った。

 苦難を乗り越え、北海道・大野農高で相撲を始めた。高校3年時の全国高校総体で個人8強入り。団体戦では相撲部の主将としてチームを引っ張った。その奮闘する姿はドキュメンタリー番組「土俵の青春・片腕の高校生力士」になり、テレビで放映された。

 最近の照ノ富士は、私生活に関する質問を嫌がることが多い。そんな大関が今場所前の取材で、「最近、ユーチューブで見つけたんだけど」と自ら明かしたのが、布施さんのドキュメンタリー番組だった。

 「あの体で一生懸命に相撲を取っていた。自分も……という気持ちになった」

 布施さんは今、東京都内で高校教諭をしている。20年前に相撲部を立ち上げて顧問を務める。照ノ富士の言葉を伝えると、声を弾ませて喜んだ。

 「私の青春時代を見てくれてうれしいですね」

 自身は高校時代の活躍で脚光を浴びたが、拓大進学後、壁にぶつかった。試合で勝てるようになったのは3年生になってから。稽古も桁違いにきつかった。

 その挫折を味わったから得たものもある。稽古に食らいつくうちに、隻腕のハンディを克服し、右腕も左腕と同じように相撲に使えるようになったという。もちろん、相手のまわしをつかんだり、突っ張りを繰り出したりすることはできない。それでも、ひじから上の上腕を使って相手を攻められるようになった。

 高校時代にできなかった右からの突き落としは、強力な武器になった。「やってできないことはない。それを相撲が教えてくれました」

 対戦相手の高校の監督が、「なんで片腕のヤツに負けるんだ」と生徒を叱る声が耳に入ったことがある。右腕が「弱点」と思われて、右に回り込んでくる相手も多かった。「相撲は手や足だけでやる競技じゃない。体の使い方が大事」。片腕で相撲を取り続けてきた布施さんの信念だ。

 照ノ富士は右ひざの大けがや内臓の病気で一時は序二段まで落ち、前人未到のカムバックで大関に返り咲いた。「何倍も強くなって大関に戻ってきたように見える」と布施さん。

 「右下手でも左下手でも強い相撲が取れるようになった。体の使い方もうまくなっている。彼が努力してきた結果が相撲に出ていますね」

 自身、高校生を指導する傍ら、40歳を過ぎて現役に復帰。実業団の大会に出場する現役のアマチュア力士でもある。試合で勝つと、今も、ひときわ大きい歓声が起きる。

 布施さんは言う。「あの人でもできるんだ、そう思ってもらえるだけで相撲を取る意味がある。私も大関の復活を見て励まされた。誰しも可能性は無限大なんです」

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