酸素残り2時間分、「譲って」涙の懇願 インド医療崩壊

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ニューデリー=奈良部健
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 首都ニューデリーの病院の前に止まった救急車の中で、高齢の女性が酸素吸入器を付け、体全体で息をしながら横たわっていた。

 「5分でいいから母を診てください」。息子のヒテンデルさん(52)が門の前で叫んだが、門は閉ざされたままだった。

 インドでは26日、新型コロナウイルスの1日の新規感染者数が35万人を超え、死者も過去最多の2800人となった。いずれも4月初旬から約5~6倍の爆発的な増加。累計の感染者数は約1700万人、死者数も約20万人にのぼる。現地の一部専門家は急拡大の一因として、感染力が強く、ワクチンが効きにくい変異株の存在を指摘する。インドでは「二重変異」が確認され、「三重変異」が見つかったという報道もある。医療用酸素や薬品の供給が追いつかず、医療崩壊を止められない。

1月からワクチン接種を進めてきたインドで、なぜいま感染が急速に広がるのか。ニューデリーから奈良部健記者がポッドキャストで報告します。

Apple Podcasts や Spotify ではポッドキャストを毎日配信中。音声プレーヤー右上の「i」の右にあるボタン(購読)でリンクが表示されます。

 ヒテンデルさんは、四つの病院で診療を拒否され、この新型コロナの専門病院に来た。だが、全700床が埋まっており、2時間後、すでに断られた別の病院に行くよう告げられた。

 インドでは、新型コロナのワクチン接種が1億4千万回に達している。しかし、首都東部の病院では、大半の医師が2回接種したのに感染したという。医師は「医師や看護師の7割が感染し、残りも検査していないだけ。人が足りない」と首の汗をぬぐった。

 政権への批判もある。支持基盤のヒンドゥー教徒がガンジス川の聖地で、3月から行った宗教行事で数百万人が集まった。多くの人がマスクをせずに密集し、感染が広がった。

 首都最大の火葬場を訪れると、骨灰を流す川の岸辺にも燃やす場所を増やしていた。急ごしらえで公園や駐車場を火葬場にした地域もある。公衆衛生の専門家は「自宅で亡くなり、新型コロナと確認されない事例も多いはず。実際の死者は、政府発表よりもはるかに多いだろう」と話す。

    ◇

 記者は医療用マスクを着用し、こまめに手指を消毒。人との距離にも配慮して取材した。(ニューデリー=奈良部健

変異株とは

 新型コロナウイルスは一定の頻度で変異を続けていて、変異がいくつもあるのが一般的だ。感染力が強くなったり、既存の免疫が効きにくくなったりする可能性がある特徴的な変異をもつものを、各国が変異株として警戒している。

 インドで感染が広がっている変異株は昨年12月、インドで初めて報告された。ウイルス表面のたんぱく質に「L452R」と「E484Q」という二つの変異があるため、「二重変異」株と呼ばれる。ただし、このタイプに分類されるウイルスでも、「E484Q」の変異がないものも確認されている。

 L452Rの変異は、すでに獲得した免疫の能力の低下に関連する可能性が指摘されている。E484Qの変異がどういう影響があるかは、はっきりしていない。現時点では感染力など詳しいことは不明で、インドでの感染者の急増と、この変異ウイルスとの関係も明らかになっていない。

首都圏の集中治療室、99.7%埋まる

 インドで新型コロナウイルスの感染者数が連日、過去最多を更新し、医療の状況が逼迫(ひっぱく)している。デリー首都圏政府によると、27日現在で圏内にある全4740床の集中治療室のうち、99・7%が埋まった。人口約2千万人の都市で、空きはわずか14床だ。

 ニューデリー東部の病院では、「医者がいない!」と叫んで、女性が病棟から飛び出してきた。妊娠6カ月の親族が呼吸困難になり、一時意識を失った。前日から病院をいくつも回った。12カ所目で応急措置だけはすると受け入れてもらったが、放置されているという。

 この病院には、わずか1分間で救急車が5台着いた。病院の許可が出るまで患者を救急車から院内に運び出すことができず、車内で数時間待つこともある。患者が病棟の外の床に寝ていた病院もあった。

 ニューデリーや商都ムンバイでは外出を禁止し、ホテルや寝台列車の車両を新型コロナ患者の療養施設として転用しているが、患者の増加スピードに追いつかない。

 特に深刻なのが患者が吸入する医療用酸素の不足。デリー首都圏政府のケジリワル首相は25日、「どんな方法でもいい。助けてほしい」と訴えた。前日、患者用の酸素が届くのが遅れた病院で、患者20人が死亡。病院から酸素を盗み出す事件も起きている。

 「病院も酸素も無くさまよっている。苦しみ続けるなら、父を自分の手で殺した方がいいですか」と、医師に詰め寄る男性も見た。

 街中のガス業者の前には、酸素を求める人が集まっていた。ネハさん(19)は「祖父のための酸素を譲ってください」と泣きながら頼んでいた。祖父が入院する病院の酸素保有量が残り2時間分しかないと伝えられ、自力で探さざるを得なくなったという。

増える若い死者 「三重変異」指摘も

 インドが感染急増の第2波に…

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