倉庫や自動車修理工場が立ち並ぶ。オーストラリアの最大都市シドニー中西部の少し雑然とした一角に、古びた赤れんがの建物がある。
薄暗い屋内に入ると、香ばしいパンの香りが漂う。大きなライ麦パンにクロワッサン、デニッシュ……。重ねられたトレーには焼きたてのパンがいっぱいだ。
手がけるのは熟練の職人たち。パンの味には自信がある。記者もひとくち。「サワードー」と呼ばれる堅めのライ麦パンは、かむほどにじわりと味がにじみ出てくる。
販売先は大手スーパーやカフェ、大手企業のケータリングなどに広がり、毎日焼くパンは2千個。パン好きなシドニーの人たちを楽しませる工房のひとつだ。
作業スペースでは、パンの生地を切ったり、成形したパンを大きなオーブンに入れたり、スタッフが忙しく働いている。
パン工房で働く人々は
そんな人々の姿から、この工房が、「多文化社会」を誇るこの国の縮図のような場所だとわかる。
生地を長い棒で延ばしていたジャン・ロバートさん(38)は、コンゴ民主共和国の出身。ここに通うようになって5カ月になる。
豪州に移住してきたのは2年前。内戦の母国を逃れ、タンザニアを経て、妻と子ども5人とともにたどり着いた安住の地だった。「パン作りは全くしたことがなかったが、かなりうまくできるようになってきた。楽しいよ」
パン作りも英語も学ぶ
入り口の看板には、「ブレッド・アンド・バター・プロジェクト」というパン工房の名前の下に、「メーカーズ・オブ・ベイカーズ」とある。
パン焼き職人をつくるところ……。ここは、豪州にやってきた難民出身の人たちに、パン作りを教える「学校」でもあるのだ。
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2011年、シドニーの人気店「バーク・ストリート・ベーカリー」の創業者、ポール・アラムさん、ジェシカ・グリンバーグさん夫妻がタイ西部を旅行中、たまたまミャンマーからの難民たちが暮らす孤児院を訪れた。
何かできることはないかと、パンの焼き方を教えて感謝された。パン作りで社会に貢献できる。そう刺激を受けた2人は13年、社会的な課題に取り組むソーシャルビジネスとして、この工房を立ち上げた。
ここでは、半年間の「研修コ…