広島市の平和推進条例 素案に異論噴出「定義が貧弱」

宮崎園子

 「なぜ今」「広島から発信する『平和』がこの程度か」――。広島市議会がまとめた「平和推進条例」の素案をめぐり、草の根で平和運動に取り組んできた人たちから異論が噴出している。何が問題なのか。議論をのぞいてみた。

 8日、オンライン会議システム「Zoom」で広島市平和推進条例(仮称)の素案に関する意見交換会が開かれた。「結論を出さずに議論しよう」と広島自治体問題研究所が呼びかけ、約20人が参加した。

 素案は「平和」を「世界中の核兵器が廃絶され、かつ、戦争その他の武力紛争がない状態」と定義した。これについてまず、被爆者問題に詳しい田村和之・広島大名誉教授(行政法)が問題提起した。「どうしてこんな貧弱な定義なのか」

 田村氏は、市男女共同参画推進条例が「平和」について、紛争や戦争のない状態だけでなく「すべての人が差別や抑圧から解放されて初めて平和といえる」と定義していると指摘し、素案の定義が狭すぎると批判した。

 平和推進条例は、市議会が2017年6月に設置した「平和推進・安心社会づくり対策特別委員会」で2年弱、議論した後、制定の方向性が決まった。「市には平和推進活動の明文化された根拠がない」「(原爆の)生き証人が不在になる時代が来る。永久的な文言を残すために条例が必要だ」といった意見が上がったという。

 素案は「市民は、本市の平和の推進に関する施策に協力するとともに、平和の推進に関する活動を主体的に行うよう努める」として、市民の努力義務を定めている。NPO法人「ANT-Hiroshima」の渡部朋子理事長は「市は市民の平和活動を支援し、協働する立場であっても、市民に協力を義務づけるのは看過しがたい」と強調する。

 金子哲夫・元衆院議員は、原爆ドームの保存などで市民が果たしてきた経緯に触れ、「市民の役割の評価が非常に低い。基本的に上から目線だ」と素案を批判した。

 元市職員の本田博利・元愛媛大教授は、この条例が議会提案であることに着目して、こう指摘する。「はたして市民がこういう条例を求めているのだろうか。若手職員や全市民的なシンポをなぜやらないのか。もっと時間をかけて作りあげるべきだ」

 素案をまとめた市議会の政策立案検討会議で代表を務める若林新三市議(市民連合)は朝日新聞の取材に対し、「平和」の定義を絞った理由について「広島市政はすべてのベースに『平和』の考えが入っている。すべての分野を網羅すると焦点がぼやけるので、核兵器廃絶に絞った」と説明する。一方で、「細かい部分で議論の余地はあると思う。さまざまな意見は正面から受け、対応したい」と語った。年度内の成立を目指すという。

 市議会は15日まで、素案に関する市民の意見を募集している。市議会事務局は、「想像以上にたくさんご意見をいただいている。市民の関心の高さがうかがえる」としている。

 ANT理事の渡部久仁子さんは14日にオンライン討論会を企画しており、詳細を調整中だ。「市民の声を届けたい」として、素案を策定した市議らにも参加を呼びかけたいという。(宮崎園子)

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広島市議会が過去に議決した「平和」の定義

●広島市男女共同参画推進条例(2001年)

「平和とは紛争や戦争のない状態だけをいうのではない。すべての人が差別や抑圧から解放されて初めて平和といえる。男女においては、性別による差別がなく、対等のパートナーとして責任を分かち合い、個性や能力を十分に発揮できる社会を実現することが必要である」

●広島市基本構想(2020年)

「『平和』とは、世界中の核兵器が廃絶され、戦争がない状態の下、都市に住む人々が良好な環境で、尊厳が保たれながら人間らしい生活を送っている状態をいう」…

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