第1回やめられない手洗い 「ラスカル」と呼ばれた神経質な僕

 汚れてしまった自分をきれいにしようと、手洗いが何時間もやめられなくなる――。そんな状態が続く精神疾患の「強迫性障害」と長年闘ってきた記者と家族の姿をお伝えする連載の1回目です。

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●「手洗いがやめられない ~記者が強迫性障害になって~」第1回(https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1139

 「手洗いをしましょう」。新型コロナウイルスへの感染予防で、この言葉を聞かない日はない。

 神経質になっている人も、少なくないだろう。朝日新聞記者の僕(53)も、その一人だ。

 汚れて感染してしまうのではないか。そんな不安や恐怖にとらわれてしまう。

 だが僕の場合、コロナ拡大のずっと前から、「過剰」な手洗いに悩まされていた。

 これでも以前に比べればずいぶんマシになった。1日に4~5時間も、延々と手を洗ってシャワーを浴びていた、あのころに比べれば。

 僕の最近の日常生活は、こんな感じだ。

 家に帰り、ズボンや上着はすべて玄関で脱ぐ。シャワーを浴びた後でないと、トレーナーやスウェットには着替えられない。

 少し前までは手を洗うのは風呂場でしていた。洗面所を「汚したくない」からだ。

 外では、ガニ股で歩く。何かを踏んだかもしれない自分の靴に、反対側のズボンの裾があたらないようにするためだ。

 不特定多数の人が使う混雑駅の公衆トイレは、ほとんど使えない。駅や電車では、すれ違う人や横に立つ人のズボンに触れてしまいそうなのが、気になって仕方ない。

 「もしかしたら、手におしっこがついたかもしれない」。我慢できず、会社に行くとすぐ手を洗うこともある。

気になるもの、次第に増えていき…

 

 異変を感じ始めたのは、1993年ごろだった。

 91年に朝日新聞に入社して、駆け出し記者として過ごしていた大分でのことだった。突然、道路の「赤いシミ」が気になり出したのだ。

【連載】手洗いがやめられない~記者が強迫性障害になって~

この連載では、強迫性障害と長年闘ってきた記者と家族が、どのように病気と向き合ってきたのかを計9回でお伝えします。記事後半では、記者を支えてきた妻の思いも紹介します。

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 その数年前に、日本で初めて…

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佐藤陽
佐藤陽(さとう・よう)朝日新聞文化くらし報道部・be編集記者
横浜総局時代に、超高齢化の実態や取り組みを描いた「迫る2025ショック」を2年半連載、『日本で老いて死ぬということ』(朝日新聞出版)として出版した。台湾でも翻訳された。自身の心の病をきっかけにメンタルヘルスの取材も続ける。早稲田大学非常勤講師として「産業社会のメンタルヘルス」の講義を担当する。