「夕焼け小焼け」、柏市ではパンザマストと呼ぶ理由

三国治
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 日暮れ時にどこからともなく流れてくる「夕焼け小焼け」のメロディー。子どもたちに帰宅を促すものだが、千葉県柏市ではこの放送を「パンザマスト」と呼ぶ。なぜそう呼ぶのか。この不思議な名前が、市民に広まったのはなぜか。調べてみると、約40年前に起きた悲しい事件が関わっていた。

 市防災安全課などによると、市は災害情報などを伝える防災行政無線を1977年度に導入。アンテナとスピーカーを先端に付けた鋼板製の柱を市内各所に立てた。この柱の商品名が「パンザーマスト」だった。

 製造、販売元の日鉄建材(東京都)によると、長さ2メートルの筒を継ぎ足す組み立て式で、電信柱やアンテナ柱としても全国で使われている。形が鎧(よろい)に似ているため、「鎧柱」という意味のドイツ語を英語読みした商品名になったという。

 これを略した「パンザマスト」あるいは「パンザ」を、防災行政無線やその柱を指す言葉として市職員らが使った。それが、81年6月に市内の小学校校庭で6年生女児が刺殺された事件を契機に、市民になじみ深い言葉になった。

 中学3年の少年が逮捕されたこともあって地域社会に大きな衝撃を与えた。この小学校の当時の教師らの話によると、事件後には教師らによる登校見守り活動や教師たちが付き添う集団下校などが始まった。

 81年8月1日からは、日没の時間に合わせて防災行政無線で「夕焼け小焼け」を流し、これを聞いたら子どもたちに「家に帰りなさい」と声をかけるという「愛のひと声」運動がスタートした。市の広報紙にこの運動を紹介する記事が掲載され、「広報無線屋外受信局(パンザマスト)」という形で、「業界用語」が広く市民に伝わった。

 これ以降、小学校などで、この放送そのものを指す言葉としてパンザマストが使われるようになった。いまでも小学校の周辺には「パンザマストを守りましょう」といった看板が立ち、学校便りなどでも「パンザマストがなったら家にかえりましょう」などと使われている。

 全国的には、防災行政無線、あるいはその柱という意味で「パンザマスト」を使う自治体はいくつかある。しかし、放送を指す言葉として広く市民に使われているのは柏市と隣接する同県我孫子市の一部だけのようだ。

 各地で生まれた新語を研究して「新方言」と名付けた東京外国語大名誉教授の井上史雄さんは「学校で使われる言葉は地域に広まる。柏市では、女児が殺害された事件の衝撃と相まって『パンザマスト』が定着したのではないか」と話す。

 柏市内には190本の防災行政無線柱が立ち、市全域に「夕焼け小焼け」が流れる。しかし、悲しい事件が二度と起きないようにという願いが、このメロディーに込められていることを知る人は少ない。(三国治)

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