「ALS患者の心は揺れ動く」訪問診療の医師が語る

佐藤美千代
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 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に対する嘱託殺人事件を巡り、京都地裁で26日、裁判に向けた手続きが始まった。事件は、難病患者を社会でどう支えていくか、という問いも投げかけている。訪問診療の経験が豊富な医師の塚本忠司さん(62)=京都市西京区=に考えを聞いた。

 ALSは、悪化すると口から食事を取ったり、呼吸をしたりするのが難しくなる。チューブで胃に栄養を直接送る「胃ろう」や、人工呼吸器をつけなければ命が続かないが、そうした選択をしない患者もいる。今回の事件前、女性はかかりつけ医に栄養補給の中止を求め、断られたとされる。

 女性と同じように、自ら「死のう」として栄養補給や介護を拒んだ男性がいました。家族や医療・介護の関係者は「困った」「どうしましょう」と会議を繰り返します。栄養を入れなかったら、自殺幇助(ほうじょ)罪に問われるのではないかと。

 「寄るな」「触るな」。そう言われ、希望通りに栄養補給や介護を見合わせました。すると、がりがりにやせ、背中じゅうに床ずれができました。家族が見かねて栄養を入れました。

 でも、男性は怒りませんでした。拒否せず、受け入れました。死にたいと思ったり、子どもの将来を見たいと思ったり。揺れ動きながら生きている。事件で亡くなった女性もそうだったのではないでしょうか。

 ALSは全身の筋肉が徐々に衰えていく病気で、根本的な治療法はない。症状が進めば、意思疎通の手段は狭まっていく。けがで体が不自由になった場合などは、時間をかけて自身の状態を受け入れていく。しかし、ALSの場合、現状を受け入れようとしてもさらに症状が進み、受け入れるのが難しくなるという。

 医療側は、症状が悪化しないうちに胃ろうや人工呼吸器を勧めますが、患者にすれば「口から食べられるのに……」と、気持ちが追いつきません。迷っている間に亡くなる方もいます。早い段階で決断できればいいですが、気持ちが揺れ動くので簡単にはいきません。一方、呼吸器を着けない意思を貫いて、亡くなる方もいます。着ければ生きられる状態での最期なので、家族には「見殺しにする覚悟」が求められます。

 人工呼吸器をつけるなどして声が出ない患者は、文字を示す機器や道具を使って周囲と会話する。塚本さんは1~2時間、時には一日中、患者の話を聴くようにしている。症状が進んで本人の意思を確認できない時には、それまでの言動からくみ取り、療養の方針を決めることもある。

 医師ではなく、看護師やヘルパーの方々に、思いをぽろり、ぽろりとおっしゃる患者もいます。聞いておいてもらえるとありがたいです。

 塚本さんは今月10日に講演した際、参加した保健師から「死にたいと繰り返す患者さんに、どう声をかけたらいいか」と尋ねられた。

 生きるということは、いろんな人に影響を与えています。患者は、一方的にサービスを受けているのではありません。ヘルパーも保健師も医師も、患者に関わることで勉強になっています。まずは、患者と気長につきあうこと。じっくりと話を聞いて「何か役割がある」「周りに何かを教えているはずだ」と伝え、実際にそう思ってもらえるといいですね。(佐藤美千代)

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 難病の患者や家族、支援者らが抱える病気や生活上の悩み。京都府内では、府と京都市が共同で運営する「京都難病相談・支援センター」が無料で相談に応じている。

 府庁内の窓口に、看護師や保健師の資格を持つ相談員が5人おり、電話と面談で年間約500件の相談を受ける。10日には、医療・福祉関係者向けの研修会も開催。塚本さんを講師に招き、ALSなど神経難病患者の在宅支援をテーマに話してもらい、ヘルパーや保健師ら約90人が参加した。

 センターは治療上のアドバイスはせず、話を聞いて問題点を整理し、保健所など関係機関につなぐ。問い合わせは、電話075・414・7830、ファクス414・7832へ。

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