「PCR検査は陽性だが、感染力ない」ってどういうこと

内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司
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 新型コロナウイルス感染症におけるPCR検査は、新型コロナウイルスに特徴的な塩基配列を持った核酸を増幅させるため、微量であっても検体にウイルスが入っていさえすれば陽性になります。ただ、原理的に、PCR検査では核酸の有無はわかりますが、感染力があるかどうかまではわかりません。中国の武漢では、PCR検査が陽性でも「感染力がない」として退院となっていると報道がありました。

 感染しているウイルスが死んでバラバラになり、感染力を失っても、しばらくは核酸の断片は残ります。そのタイミングでPCR検査を行えば陽性になるはずです。また、いったんPCR検査が陰性になった後に陽性になる事例も知られていますが、死んだウイルスで陽性になっている可能性があります(偽陰性や再感染の可能性もあります)。もしPCR陽性でも感染力がないと確信できるなら、患者さんの生活の質や医療リソースの観点から、早く退院(軽症者施設にいらっしゃる場合は退所)できるほうがいいに決まっています。

 感染力がなくてもPCR検査で陽性になる現象は結核菌でよく知られています。結核菌の検査の一つにPCR検査がありますが、死んでしまってもう感染力のない菌でも検体に含まれていればPCR検査で陽性になります。結核に関してはPCR検査を退院の基準にするといつまで経っても退院できないことになりかねません。結核菌の検査方法はPCR以外にもあり、治療の経過、症状や他の検査の結果を考慮して退院可能かどうか判断されています。

 ただ、結核を参考にするには慎重さが必要です。結核は長い知見の積み重ねがあり、感染力の有無についてはだいたいのところがわかっていますが、新型コロナウイルス感染症はそうではありません。PCR検査が陽性でも感染力がない事例が存在するとしても、目の前のPCR陽性の患者さんに感染力があるかどうかを正確に判断する方法はいまのところありません。

 あくまで個人的な意見ですが、死んだウイルスでPCR検査が陽性になるとしても、その期間はあまり長くないのではないかと考えます。結核菌が持っている核酸は我々人間が持っているのと同じDNA(デオキシリボ核酸)ですが、新型コロナウイルスの核酸はRNA(リボ核酸)です。DNAと比べてRNAはずっと不安定で、比較的速やかに分解されます。ということは、PCR検査陽性は、検査時点か、そのつい最近まで感染力のあるウイルスが存在していたことを示すのではないでしょうか。「感染力はないけどPCR陽性」の期間が短いなら、PCR検査が陽性のうちは退院できない、という基準の不利益は小さそうです。

 ただ、この考え方もあくまで理論上のものにすぎません。実際にどうなのか、海外の事例を参考にしつつ退院の基準を決めていくことになるでしょう。確実な情報が得られるまでは、PCR検査が陽性者は感染力があるとみなすのが無難だと考えます。

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<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(酒井健司)

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。