マスク生産の最前線を追う 水着、デニム…新素材も続々

ニュース4U

波多野大介 小林太一
【動画】マスクはどうやって作られるのか=波多野大介撮影
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 マスクはどこへ――。暮らしの困り事や疑問を募って記事にする「#ニュース4U」には、マスク不足に悩む人たちからの投稿が続々と寄せられている。新型コロナウイルスの感染拡大で、増産分は医療機関などに優先的に配布。店頭に並んでも争奪戦で、あっという間に消えてしまう。取材班はマスクを追って、生産現場に向かった。

できたての生産ライン

 残雪の山肌が美しい剱岳(つるぎだけ)を望む富山県上市町。ビール工場などで使われる産業用の濾過(ろか)フィルターの製造大手「ロキテクノ」(東京)は今春、この創業の地にマスクの生産ラインを新設した。

 4月中旬、試験生産を7日に始めたばかりの工場を訪ねた。カシャコン、カシャコン……。機械音が響く屋内で目に飛び込んできたのは大きなロール状の不織布。縦9・5センチ、横17・5センチの大人用サイズに切断され、プリーツ(折りひだ)加工を施す。フィルターを装着した三層構造のマスクが1枚ずつベルトコンベヤーに乗って流れてくる。

フル稼働で月90万枚

 防塵服(ぼうじんふく)に身を包んだ担当者が、耳ひもの付き具合などマスクの形に目を配る。「不良品が出ないよう、5月の本生産に向けて設備の調整を続けます」。大型連休明けから月5万枚を生産する予定で、2レーンをフル稼働すれば月90万枚まで増産できるという。

 新型コロナの感染拡大による深刻なマスク不足で、ロキテクノは今年3月、経済産業省のマスク増産に向けた補助事業者に採択された。久世正俊・北陸事業所長は「マスク生産に適した環境や条件がそろっていた」。同社にはフィルター製造で使用している細かなホコリや雑菌などを防ぐ空間「クリーンルーム」があり、素材となる不織布の取り扱いにも知見がある。

 また、同社でも工場の従業員向けにマスクが月1万枚ほど必要で、4月末には備蓄が尽きるという背に腹は代えられない事情もあった。「ちょうど試作品ができる時期と重なり、助かった」と久世所長は話す。

国の公募に続々と名乗り

 不織布は取引先の三井化学(東京)から確保し、生産設備は経産省の仲介でナカンテクノ(千葉)から購入。投資額は約4千万円で、2360万円の補助を受けるという。商品はグループ会社の通販サイトで販売されるという。

 公募には3月までに国内の13事業者(共同体を含む)が応じ、不織布やポリウレタンなどのマスク計約8千万枚を増産できる能力を備えることになった。既存のメーカーは増産分を出荷しているが、異業種からの参入組の多くは5月以降の本格生産となる。

シャープも販売、でもアクセス殺到で…

 そんな中、公募に応じて新規参入した大手家電メーカーのシャープ(大阪)はいち早く3月下旬から、三重県多気町の工場で生産を始めている。液晶パネルを製造するクリーンルームの空きスペースを活用。親会社の鴻海(ホンハイ)精密工業(台湾)が2月からマスク生産を開始しており、技術的な支援を受けて生産を始めた。

 1日15万枚の生産で、今後は1日50万枚の生産を目指す。政府が買い取り、医療機関に配布してきたが、4月21日からは自社サイトで販売を始めた。しかし、アクセスが殺到し、22日から販売を一時休止。27日から抽選販売に切り替えた。

経産省の見通しは?

 経産省などによると、国内のマスク供給量は2018年度に55億枚で、国産はわずか2割の11億枚。大半は中国産だ。中国からの輸入は徐々に再開し、国内の増産分も合わせて3月の国内供給量は約6億枚で、4月は7億枚以上を見込んでいるという。18年度の月平均4・6億枚の1・5倍になるが、まだ需要が大きく上回っている。

 増産したマスクの流通先はネット通販が多く、大手通販サイトを見ると、予約販売などで1箱(50枚入り)3千~5千円で手に入るようにはなってきた。さらにパナソニック(大阪)などクリーンルームを保有する製造業が参入する意向を示している。

 経産省の担当者は「出荷先は事業者に任せている。医療機関用の政府調達(買い上げ)分があるが、市場にもすでに出回っており、5月以降はさらに増えていく見通しだ」と説明する。

作りたいけど…メーカーが二の足踏む事情

 ただ今のところ、医療施設に直接提供する企業もあって、ドラッグストアやコンビニなどの店頭には急速に増えていない。ニュース4Uには「マスクが不足しているのなら、各地に生産工場を造れないのか」という意見も寄せられた。

 国内で新たに参入しようとすると、いくつもハードルがある。クリーンルームのような衛生環境に加え、マスクを生産する装置が必要になる。東海地方にあるマスク製造機器メーカーでは「製造能力が限界に達している」として、納入まで「2年待ち」という。さらに、マスクのフィルター機能を担う「メルトブロー不織布」も中国で10倍以上に価格が高騰。材料の調達コストもかさんでいる。

 加えて、新型コロナによる需要が落ち着いた後、マスク生産量が「余剰」となる懸念が二の足を踏ませる。ロキテクノ北陸事業所の久世所長は「生産環境の条件が合って補助金がなければ、とても参入できなかった。終息後は自社使用分を中心に生産を継続したい」。シャープの広報担当者は「将来の生産については未定」と話す。

 経産省は「国内生産への回帰を進める」との方針で、4、5月も生産設備導入の補助対象事業者を公募している。

もう不織布には頼らない 新素材のマスクたち

 そんな中、今までにない素材のマスクが次々と登場している。量産こそできないが、新型コロナ禍が「マスクは使い捨て」という意識を変えつつある。

 ゴム素材メーカーの山本化学工業(大阪)は、競技用水着(ウェットスーツ)用の合成ゴムで作る。0・5ミリと薄く、人間の皮膚のような柔軟性がある素材。ガーゼやティッシュなどを鼻と口にあたる部分に挟み、顔に密着させる。小さな穴があって息苦しくない。簡単に洗えて耐久性も高く、数年は使えるという。

 医療機関からの問い合わせもあり、山本富造社長は「密封性が良く、感染リスクを相当抑えられるはず」と機能性に自信を持つ。

 靴下用のニット素材を活用するのは、ラグビー日本代表のソックスを手がけたタイコー(長野)。編み機を使った独特の立体構造で伸縮性がある。「ものづくりの繊維メーカーとして少しでも役に立ちたい」とマスクの商品化を決めた。4月上旬に「アミマスク」として2千枚をネット販売すると、10分で完売。新型コロナの終息が見えない中、生産を再開する予定だ。

肌触りや「色落ち」楽しむ時代に?

 オーダーカーテン専門店のディマンシェ(岐阜)は、カーテン用の生地として使う滋賀県の地域ブランド「近江の麻」でマスクを作る。手触りがよく肌になじむ着用感が特徴で、夏は涼しく冬は暖かいという。

 じぃんず工房大方(高知)が作ったのは「デニムマスク」。筒状にして抗菌シートを挟み込めるようにした。飛沫(ひまつ)を防ぐなど自己防衛のために使ってほしいという。1枚ずつミシンで縫い、1日に600~800枚を生産している。担当者は「ジーンズを作る技術が少しでも役に立てたら。洗うたびに味が出て色の変化を楽しめます」と話す。

 自慢の素材を活用したマスクには、日本のものづくり企業の「心意気」が詰まっている。(波多野大介、小林太一)

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