(小説 火の鳥 大地編)45 桜庭一樹 なんと、犬山少尉が……

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 確かこの日ぼくは、新婦の友人たちの若さと聡明(そうめい)そうな様子に気後れし、そっと廊下に出たのだが、そこで新婦のご学友の平塚さんという女性と、彼女の男友達の大杉くんと行き会え、親しく話した。平塚さんの文学談義も、大杉くんの労働運動の話も、刺激的で楽しく、ぼくは若い人と話すっていいもんだなぁと思った。

 田辺夫婦は二人の子宝に恵まれた。日々は平和に過ぎゆくのみであった。

 ぼくと妻も、子供の成長が何よりの楽しみだった。ぼくはもう時を巻き戻すなんて二度といやだぞと考えた。だって、掛け替えのない存在たる我が子も、過去と一緒に消えてしまうじゃないか! まぁ、心配しなくとも、時を巻き戻すこと自体もう不可能だったが。海軍の高野五十六くんによると、火の鳥調査隊の犬山狼太(ろうた)隊長は、帰り道で軍閥に攫(さら)われたまま行方不明で、火の鳥の首がいまどこにあるかわからなかったからだ。

 このころ大日本帝国は、世界での存在感を増し、まさに順風満帆であった。妖しげな鳳凰(ほうおう)機関の力を借りる必要ももうなさそうだった。一九一〇年、朝鮮半島を植民地とし(韓国併合)、翌年にはアメリカとの間で長年の不平等条約を改正。他国も後に続いた。日本は欧米の列強と肩を並べるアジア一の帝国に躍り出た。

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 日本とは逆に、かつてのアジ…

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