新型コロナ、病名の背景に「地名はダメ」のルールと事情

内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司
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 いわゆる新型コロナウイルスによって起こる病気の正式な名称は“COVID-19”です。COVIが「コロナウイルス」、Dが「疾患」、19が「2019年」という意味です。新型肺炎と呼ばれることもありますが、原因ウイルスに感染しても多くは軽症で必ずしも肺炎にいたらないので、正式名称には肺炎という意味はありません。いまのところはCOVID-19は「新型コロナウイルス感染症」と訳されることが多いのですが、いつまでも新型とは呼べないのでそのうちに別の訳語が使われるようになるでしょう。

 病気の名称と病気の原因となる病原体の名称はまた別です。COVID-19の原因ウイルスの正式な名称は“SARS-CoV-2”です。SARSは「重症急性呼吸器症候群」、CoVは「コロナウイルス」、2はそのまま2番目という意味です。

 重症急性呼吸器症候群(SARS)とだけ言えば、2002年から03年にかけて中国広東省で発生し東アジアを中心に流行した病気のことを指します。致死率が高く全世界で700人以上が亡くなりましたが、2003年に収束し以後は流行していません。当初は原因不明でしたが、研究が進みそれまで知られていない新種のコロナウイルスが原因だと判明し、原因ウイルスは“SARS-CoV”と命名されました。SARS-CoV以外にも数種のコロナウイルスが知られていましたが、いずれも軽症の風邪症状しか起こしません。

 コロナウイルスによる重篤な疾患は、他に中東呼吸器症候群(MERS)が知られています。2012年に中東で重症急性呼吸器症候群(SARS)に似た重症呼吸器疾患の発生が報告され、原因は新種のコロナウイルスで“MERS-CoV”と名付けられました。2015年には韓国で流行し30人以上も亡くなっています。重症急性呼吸器症候群(SARS)と違って中東では現在でも発生しています。ラクダからヒトへ感染することがわかっています。

 そして2019年から湖北省武漢市で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行しました。新型コロナウイルス感染症を「武漢肺炎」と呼ぶ人もいますが不適切です。というのも、ヒトの新興感染症の名称に地名は使えないというルールがあるからです。今回の新型コロナ流行で決めたのではなく、2015年には決まっていました。その一因は、中東呼吸器症候群(MERS)という病名によって中東地域に対する差別や経済的な悪影響が生じたからです。

 地名だけではなく、動物も病気の名称に使えません。2009年に発生したインフルエンザ(当時は「新型インフルエンザ」と呼ばれていました)は、由来が豚であったことから「豚インフルエンザ」とも呼ばれていました。豚肉を避ける必要はまったくなかったのですが、不適切な呼称によって食肉業者などに風評被害が発生しました。同様に人名や職業名も使えません。

 こうした「なぜ病気の名前に地名を使っていけないのか」という経緯を知った上で意図的に「武漢肺炎」などと呼んでいたとしたら、これは差別に他なりません。もし、経緯を知らずに呼んでいたのなら、これから気を付けていただければうれしいです。

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<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(酒井健司)

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。