丸の内から「サーフィンの道場」へ 給料半分でも移住

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稲田博一
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 大きくて形のいい波が来た。海につかっていた生田修大(のぶひろ)さん(42)は、タイミングをはかるとボードの上に立ち上がり滑り出した。波の上を横に走る。「サーフィンをしている時は、波のこと以外なにも考えない。それが楽しい」。1年の半分は、朝4時に起きて、サーフィンをしてから出勤する。

 生田さんがこの日、サーフィンを楽しんだのが、千葉県一宮町東浪見(とらみ)の釣ケ崎海岸。サーファーは「志田下(しだした)」と呼び、熟達の人が集まることから「サーフィンの道場」とも呼ぶ。東京五輪のサーフィン会場に決まり、一躍有名になった。観光バスもやってくるし、外国人の姿を見ない日はない。生田さんはこの波に憧れて、東京から一宮町に引っ越してきた。

 初めてサーフィンをしたのは実は30歳の時。ハワイ・ワイキキの海岸だった。体験スクールに誘われて試してみたら、「1回で乗れた」。右側にダイヤモンドヘッド、左側にホテル群を見ながら、波の上を約100メートル進んだ。

 帰国してサーフィンにのめり込んだ。毎週末に車で通ったのが一宮町。好きが高じて、一宮町にアパートを借りて週末を過ごすようになり、町がすっかり気に入った。東京大学工学部を出て、丸の内の企業で働いていた。でも、「一宮でのんびりした生活もいいな」と思い始めた。そこでたまたま町職員の募集を知る。39歳までが対象だった。

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 受験し、合格。2015年春…

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