異例のヒット、中国SF「三体」 科学の未来信じる作者

北京=延与光貞
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 中国でシリーズ累計2千万部を超える大ベストセラーとなったSF小説『三体』の邦訳が発売された。日本でも発売1カ月で10万部を超え、近年の海外SFとしては異例のヒットとなっている。著者の劉慈欣(リウツーシン)さん(56)に、創作の過程や世界的にも人気が高まる中国SFについて聞いた。

 『三体』は、中国全土を混乱させた政治動乱、文化大革命(1966~76年)で父を亡くしたエリート女性科学者が宇宙に向けて発信した電波が、惑星「三体」の異星人に届き、人類の危機を招くという物語だ。スケールの大きな3部作で、第1部が早川書房から刊行された。

 アイデアは、物理学の難問「三体問題」の文章を読んだことがきっかけ。宇宙に質量を持つ三つの物質があれば引力が相互に働き、現在の物理学や数学では動きが予測できない。「たった三つでも予測できないなら、ある恒星系の中に三体運動があったら、文明はどうなるのだろうか」と考えた。

 根底には、人類が生存を続けていること自体が不可思議だという思いがある。「我々は当然だと思っているが、一種の幻想かもしれない。宇宙全体の残酷な生存競争の中で、人類文明は生き続ける力があるか」というのが隠れたテーマだ。

 中国SFの特徴について尋ねると、「よく違いについて聞かれるが、むしろ異なる文化間でも共鳴しやすいのがSF」と答えた。「リアリズム文学では、人種に基づく国家の隔たりはなかなか超えられないが、SFでは、人類は一つの総体として共同で危機に立ち向かうからだ」

 もちろん東西の違いは意識している。「欧米のSFにはキリスト教文化が色濃く反映されるのに対し、中国にはそこまで絶対的な存在がない」。西洋では「神の領域」ととらえられる生命の創造、クローン、遺伝子操作といったテーマにも、それほど抵抗を感じないという。

 危機への対処の違いも特徴的だ。西洋は特別な力を持つヒーローに希望を託す英雄主義。東洋、とりわけ中国は、みんなが一つの目標に向かって力を合わせる集団主義だとみる。

 三体の舞台にもした文化大革命の時代に幼少期を過ごした。禁書扱いだったジュール・ベルヌの『地底旅行』をこっそり読んだのがSFとの出会いだ。アーサー・C・クラークやH・G・ウェルズといった古典から、日本の小松左京田中芳樹の『銀河英雄伝説』まで幅広く親しんできた。最近では「攻殻機動隊」「王立宇宙軍 オネアミスの翼」、新海誠監督などのアニメも見ている。「日本の作品には欧米のSFにはないロマンがある」

 欧州で生まれたSFが米国で発展し、いま中国が注目されつつある。「SFは国の発展のバロメーター。中国が科学技術への自信をつけたことが関係している」。映画はいずれハリウッドを追い越すか対等になるだろうと予測した。

 ただ、中国のSF文学の将来には悲観的だ。名の知れた作家は20~30人程度で、多くは別に生活のための仕事を持つ。自身も長く山西省の発電所で技師をしながら書いていた。「市場も読者もあまり育っておらず、『三体』に続く作品が見当たらない」と嘆いた。

 科学の負の側面を描くSFが優勢のなかで、人類が科学技術の力で危機を乗り越える設定にこだわる。中国でも科学者が独断で遺伝子操作をして双子を出産させたり、米国が気候変動核軍縮に後ろ向きな姿勢を見せたりしている。それでも信念は揺らがない。

 「核戦争の危機を回避したように、人類は法律や制度、責任感で副作用をコントロールできる。科学技術を悪者扱いするのがSFの正しい方向とは思えない」(北京=延与光貞)

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