国の重文・織田信長像 表具師が込めた沖縄戦への思い

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小山裕一
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 織田信長の姿を忠実に描いているとされ、歴史教科書にも掲載されている愛知県豊田市の長興寺所蔵の「紙本著色(しほんちゃくしょく)織田信長像」。3年前に修復した際、表具に1945年の沖縄戦についての文言が記されていたことがわかった。

 信長像は、本能寺の変の翌年の1583年、信長の家臣で挙母(ころも)城代の余語(与語)正勝が、狩野派の絵師・狩野元秀(宗秀)に描かせ、信長の一周忌に合わせて長興寺に寄進したといわれる。国の重要文化財に指定されており、2016年度の修復は京都の専門業者、岡墨光堂が担った。信長像の目のあたりにあった紙のしわを伸ばし、きれいに見えるようになったという。

 修復の際、信長像の最下部に取り付けた軸木(じくぎ、長さ約50センチ)に、「昭和二十年四月沖縄戦苛烈(かれつ)最中修覆畢(しゅうふくおわる)」と墨で記されていることを発見。豊田市教育委員会文化財課によると、文言は、太平洋戦争末期の1945年に大阪市立美術館の工房で信長像の修復を担った表具師が書いたとみられる。

 表具師の遺族などに確認した…

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