夏目漱石「吾輩は猫である」71
「君は一生旅烏(たびがらす)かと思ってたら、いつの間にか舞い戻ったね。長生はしたいもんだな。どんな僥倖(ぎょうこう)に廻(めぐ)り合わんとも限らんからね」と迷亭は鈴木君に対しても主人に対する如く亳(ごう)も遠慮という事を知らぬ。如何に自炊の仲間でも十年も逢わなければ、何となく気の置けるものだが迷亭君に限って、そんな素振(そぶり)も見えぬのは、えらいのだか馬鹿なのかちょっと見当がつかぬ。
「可哀そうに、そんなに馬鹿にしたものでもない」と鈴木君は当らず障らずの返事はしたが、何となく落ち付きかねて、例の金鎖を神経的にいじっている。
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「君電気鉄道へ乗ったか」と…