夏目漱石「それから」(第八十七回)十四の六

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 津守(つのかみ)を下りた時、日は暮れ掛かった。士官学校の前を真直(まっすぐ)に濠端(ほりばた)へ出て、二、三町(ちょう)来ると砂土原町(さどはらちょう)へ曲がるべき所を、代助はわざと電車路(みち)に付いて歩いた。彼は例の如くに宅(うち)へ帰って、一夜(いちや)を安閑と、書斎の中で暮すに堪えなかったのである。濠を隔てて高い土手の松が、眼のつづく限り黒く並んでいる底の方を、電車がしきりに通った。代助は軽い箱が、軌道(レール)の上を、苦もなく滑って行っては、また滑って帰る迅速な手際に、軽快の感じを得た。その代り自分と同じ路を容赦なく往来(ゆきき)する外濠線(そとぼりせん)の車を、常よりは騒々しく悪(にく)んだ。牛込見附(うしごめみつけ)まで来た時、遠くの小石川(こいしかわ)の森に数点の灯影(ひかげ)を認めた。代助は夕飯(ゆうめし)を食う考(かんがえ)もなく、三千代のいる方角へ向いて歩いて行った。

 約二十分の後(のち)、彼は安藤坂(あんどうざか)を上(あが)って、伝通院(でんずういん)の焼跡の前へ出た。大きな木が、左右から被(かぶ)さっている間を左りへ抜けて、平岡の家の傍(そば)まで来ると、板塀(いたべい)から例の如く灯(ひ)が射していた。代助は塀の本(もと)に身を寄せて、凝(じっ)と様子を窺(うかが)った。しばらくは、何の音もなく、家のうちは全く静(しずか)であった。代助は門を潜(くぐ)って、格子(こうし)の外から、頼むと声を掛けて見ようかと思った。すると、縁側(えんがわ)に近く、ぴしゃりと脛(すね)を叩(たた)く音がした。それから、人が立って、奥へ這入(はい)って行く気色(けしき)であった。やがて話声が聞えた。何の事か善く聴き取れなかったが、声は慥(たしか)に、平岡と三千代であった。話声はしばらくで歇(や)んでしまった。するとまた足音が縁側まで近付いて、どさりと尻(しり)を卸(おろ)す音が手に取るように聞えた。代助はそれなり塀の傍(そば)を退(しりぞ)いた。そうして元(もと)来た道とは反対の方角に歩き出した。

 しばらくは、どこをどう歩い…

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