夏目漱石「それから」(第八十一回)十三の九

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 その夜代助は平岡と遂(つい)に愚図々々(ぐずぐず)で分れた。会見の結果からいうと、何のために平岡を新聞社に訪ねたのだか、自分にも分らなかった。平岡の方から見れば、なお更そうであった。代助は必竟(ひっきょう)何しに新聞社まで出掛(でかけ)て来たのか、帰るまでついに問い詰めずに済んでしまった。

 代助は翌日(よくじつ)になって独り書斎で、昨夕(ゆうべ)の有様を何遍となく頭の中で繰り返した。二時間も一所に話しているうちに、自分が平岡に対して、比較的真面目であったのは、三千代を弁護した時だけであった。けれどもその真面目は、単に動機の真面目で、口にした言葉はやはり好加減(いいかげん)な出任せに過ぎなかった。厳酷(げんこく)にいえば、噓(うそ)ばかりといってもよかった。自分で真面目だと信じていた動機でさえ、必竟は自分の未来を救う手段である。平岡から見れば、固(もと)より真摯(しんし)なものとはいえなかった。まして、その他の談話に至ると、始めから、平岡を現在の立場から、自分の望む所へ落し込もうと、たくらんで掛(かか)った、打算的のものであった。従って平岡をどうする事も出来なかった。

 もし思い切って、三千代を引…

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