(社説)地震リスクの伝え方 防災行動につなげるには

社説

 地震への備えを促すためには、どんな情報提供が望ましいのだろうか。

 政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が作っている地震動予測地図で、能登半島地震や熊本地震の被災地は、大きな揺れに見舞われる確率が相対的に低く色分けされていた。南海トラフや首都直下の危機が強調されることが、他の地域の「安全情報」になっていると指摘されてきた。

 日本で地震に備えなくていい地域はない。地震本部ができて間もなく30年。誤解を招かず人々の防災行動につながる情報のあり方を、衆知を集めて考える時期に来ている。

 ■安全情報の恐れ

 地震本部は、関西での地震のリスクが伝わっていなかったと指摘された阪神・淡路大震災の教訓から1995年に発足した。「地震に関する調査研究の成果を社会に伝え、政府として一元的に推進」を目的とする。

 この間、海溝型地震や活断層の調査を主導、各地で起きる恐れがある地震規模や確率を示す「長期評価」を進めてきた。それを集約した地震動予測地図は30年以内に強い揺れに見舞われる確率を示し、注意喚起に使われてきた。

 基本的な調査は意義深く、現時点での科学者の見解を整理した予測として、自治体の防災計画や原発の地震対策に役立てられてきた。

 しかし百年単位で繰り返される海溝型地震に対し、活断層での地震は数千年単位とされ、前者のリスクが際立つ。予測地図も、海溝型地震の影響が大きい東海~四国の太平洋岸などが高い発生確率を示す濃い赤色で、日本海側や活断層がある内陸部では相対的に低い黄色で示されている。

 地震本部が「日本はどこでも大きな地震に見舞われる恐れがある」と繰り返しても、確率が低い地域では安全情報と受け取られてしまう。

 確率表示や予測地図は、国や自治体、企業が対策の優先順位を決めるのに有用でも、住民にリスクを伝え、防災行動を促すには無理がある。

 ■水増しされた確率

 リスクが強調される南海トラフ地震は30年以内に70~80%というが、他地域と違う特殊な方法で算出した数字だ。他と同じ方法なら6~30%になる。70年代の東海地震説以来の警戒感を損なう影響を心配する意見が強かったためだが、確率の「水増し」は予測への信頼を損ないかねず、最近の研究で根拠に疑念も指摘された。

 今国会でも防災予算の地域配分への影響を問題視する質問があった。公平性を重視する地震保険の料率算定では、この方法は使われていない。

 首都圏の地震は30年以内に70%の確率で発生するとされる。房総半島や丹沢山地などまで含めた南関東の広い地域のどこかで起きる確率だが、都心を直撃する地震の確率と誤解されることも多い。

 南海トラフは最大でマグニチュード9が想定されるが、地震本部が予測できなかった東日本大震災を経て改められた数字だ。次の「想定外」を恐れた数字として、当初から過大だと疑問視する声があった。原発のような施設は最大限の備えが必須だが、大きな想定に固執した対策は住民に無理を強いかねず、膨大な予算もかかる。

 ■人文社会の知を活用

 地震大国の日本では、地震や地殻変動の観測や、活断層を探す調査研究は着実に進める必要がある。国は予算を確保し続けなければならない。

 最新の研究成果を踏まえて防災施策は進められるべきだが、啓発に使うかは吟味が求められる。役立つと示すことが目的化すれば、官僚や学者ら発信者本位の情報になる。この分野に限らず、政府が役立つ成果を基礎研究に求めすぎることの副作用でもある。

 活断層が見つかれば、そこでの地震に備えるため、自治体や住民に存在を知らせる意味は大きい。しかし、地震発生確率の表記は誤解を招く。

 もちろん一般に、リスクを考えるのに確率は有効な手段だ。天気予報の降水確率は毎日の生活で体感でき、自分なりの雨への備えにつながる。

 だが、めったに起きない地震で使うことが適当なのか。「30年間で3%以上の確率だから高い」と言われても実感できまい。膨大な観測データを基に計算する天気のような予報が、地震では到底できないことも忘れてはならない。

 地震に関する研究は、理工系の分野に限らない。地震で遭遇する困難な状況での行動を考えるゲーム教材、発生時に身の回りで何が起きるのかを描写して考える「防災小説」などの試みもある。地域で起きた過去の災害を知ることも身近で有効な手段だ。

 地震の政策に助言する有識者会議は理学や工学の専門家の声が強い。だが、予測が極めて難しい分野で、一回きりで個別的な被害の経験を、社会全体でどう共有していくかを考えるためには、もっと人文科学や社会科学の知識を生かすことこそ追求すべきだ。

 防災行動につなげる情報発信のために、受け手であるふつうの住民の立場に立った方法を探らなければならない…

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