(フォーラム)キャンセル料のもやもや:2 公正さ

[PR]

 キャンセル料の支払いに不満を持ったり、当たり前だと感じたり、人によって考え方は異なります。現在のルールにはどんな問題があり、どういった議論をすべきなのか。キャンセル料の実態や消費者問題についてよく知る専門家に話を聞き、記者も考えました。

 ■実態は「安さの交換条件」、法的ルールとズレ 兼子良久・山形大教授

 キャンセル料の法的なルールが不明確なことで、どんな問題が起きているのか。マーケティングに詳しい山形大学の兼子良久教授に聞いた。

     ◇

 高額なキャンセル料をとる悪質な業者から消費者を守るため、消費者契約法では一定のルールが定められています。キャンセルで発生した損害額を上限とし、それ以上の額は無効、というものです。

 しかし、同法が成立した2000年当時には想定していなかったキャンセル料の設定の仕方が登場してきました。価格が安い代わりにキャンセル料をとる、という新たな料金プランで、いろいろな業界で採用されています。

 代表的なのが航空券や宿泊料です。早割プランは、数カ月前に予約すれば安価に購入できるが、キャンセル料は100%とるというものです。ほかにも通信契約や動画配信のサブスクでも、年単位で契約期間を定め、途中解約する場合はキャンセル料をとるというプランがあります。安さを重視する消費者がターゲットになります。

 00年以降、インターネットが発達して消費者のニーズも多様化しました。それに合わせて企業は、商品の性能やサービス内容に優劣をつけた複数の料金プランを設定するようになり、そこにキャンセル料を要素として盛り込む方法が登場しました。

 企業としては、キャンセル料を盛り込んだ安い料金プランを提供することで解約を防ぎ、早い段階で売り上げを見込めます。安さを重視する人や、将来の見込みが立ちやすい人を早めに囲い込めるのです。もちろん悪質な解約に対応するという理由もありますが、一番の目的は売り上げの予測をしやすくすることだと思います。

 消費者にとっては安さというメリットがある一方で、ギャンブル性が高くなるデメリットもあります。消費者の納得性を高めるには、キャンセル料の説明を分かりやすく示すことが大事です。

 企業にとって、キャンセル料は安さの「交換条件」です。この価格戦略は消費者ニーズに合致したので、大きな拒否反応は起きていません。

 このように、キャンセル料が損害補填(ほてん)以外の意図を持ち始めた一方で、消費者契約法のルールでは損害額だけを基準にしている。法律にもとづいて損害額を算定するようにと言われても企業は困ってしまうでしょう。実態とルールの乖離(かいり)が大きくなっていることが課題です。消費者庁による研究会のメンバーとして、法学者や経済学者の方々と共に広く議論しています。(聞き手・寺田実穂子)

 ■消費者は不利、行政が適切な目安を USJチケット訴訟担当弁護士・松尾善紀さん

 キャンセルを巡っては様々な消費者トラブルが起きている。最近では、テーマパークのユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の入場チケットが購入後にキャンセルできないことに対しての訴訟があり、注目を浴びた。担当した弁護士に現行のルールと、その見直しに向けた提案を聞いた。

     ◇

 USJの入場チケットには、購入後にキャンセルができないとする条項がある。消費者団体の「消費者支援機構関西」は、この条項は消費者契約法に基づいて無効だと提訴した。大阪地裁は有効と判断したが、大阪高裁での裁判が続いている。

 USJのキャンセルを不可とする条項は転売防止対策の一環だったが、消費者支援機構関西の松尾善紀弁護士は「転売ヤー(転売屋)がはびこることの弊害を消費者の犠牲によって守るというのは筋が違うのでは」と疑問視する。

 キャンセル料を巡っては他にも様々な判決があるが、いまの消費者契約法では消費者が不利になる傾向があると松尾弁護士は言う。同法にはキャンセル料のうち、「事業者の損害額を上回る額」は無効とする規定があるものの、裁判では無効を訴えた消費者側が、それを主張し、立証しなければならないからだ。「立証するために必要な材料は専ら事業者側の事情なので、消費者側が不利にならざるを得ない」とみる。

 消費者庁は現在、望ましいルールについて検討している。松尾弁護士は、契約を類型化し、適切なキャンセル料の割合などを行政がガイドラインで示すことを提案している。「単発の契約か継続的な契約か、物品売買かサービス提供か、などのほか、キャンセル申し出のタイミングやその理由で分け、適切なキャンセル料の目安を示せば、分かりやすくスムーズになるのではないか」と言う。

 私たち消費者は、どうキャンセル料と付き合っていけばいいか。

 松尾弁護士は、「民法上では、一度結ばれた契約は最後まで果たさないといけない。自己都合で解約するなら、キャンセル料としてある程度の支払いは当然と考える必要がある」と話す。ただ、それでも、例えば継続的なサービスで、未提供の部分が多くあるうちにキャンセルしたのに全サービス代を取られる場合などは、消費者契約法で無効を主張できる可能性もあるという。

 「契約するときは、契約書のキャンセルに関する部分を十分にチェックすることが自衛策としては大切」と言う。事業者に対しては、「消費者に不利になる部分こそ、太字で書くなど分かりやすく示して欲しい」と求めた。(寺田実穂子)

 ■解約保険があれば/当日なら「100%」で

 アンケートでは、予約などで「どの程度、キャンセル料を判断材料にしていますか?」という質問に、ほぼ半数が「いつも気にしている」と答えました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/199/で読むことができます。

 ●弾力的な設定を 航空券の早期割引は、キャンセル料の設定が高すぎではないか。残り時間や利用時期により、もう少し弾力的な設定にしてもらいたい。(広島、男性、60代)

 ●解約ポリシーを分かりやすく 「今なら月のサービス料を割引」というプランを選んだら、1年間は解約できなかった。解約に関するポリシーを分かりやすく明記しないと、安心して契約できない。(埼玉、男性、30代)

 ●解約保険の導入を 損害を受けるサービス提供者も被害者で、気の毒だと思うが、昨今のコロナ禍や、豪雨などの天災で事実上キャンセルせざるを得ない場合がある。こうした場合の保険があったら良いと思う。(神奈川、女性、70代)

 ●妥当な期間に キャンセル料の発生起点は飲食店なら1週間前、宿泊施設なら2週間前かと思う。当日キャンセルは100%が義務化されるべきだ。(新潟、男性、70代)

 ●「踏み倒して当たり前」は問題 航空券はキャンセル料を請求し、回収できているのに、宿泊や飲食などでは踏み倒して当たり前という悪しき慣習が存在していることは大きな社会問題だと思う。消費者が事業者に高圧的なスタンスをとっているという状況が何十年も続いているのは残念。(奈良、男性、40代)

 ●誰かが代わりに利用したら 米国でホテルの当日の宿泊をキャンセルした際、「客が入ればキャンセル料は取らない」と言われ、実際に取られなかった。客が入り、損失がなくなったのにキャンセル料を取るのは、おかしいのではないか。(東京、男性、50代)

 ●事業者が泣き寝入りしないように 事前にクレジットカードでキャンセル料にあたる部分をデポジット(預かり金)として取るようにするなど、事業者が泣き寝入りをしないようにする対策を取るべきではないかと思う。(東京、男性、50代)

 ●互いに尊重しあって 事業者から天候不順なら無料でキャンセルできると連絡があったことは、ありがたやと深く記憶に残っている。消費者も事業者も尊重しあってギスギスしない関係を築きたい。(大阪、男性、50代)

 ■《取材後記》

 キャンセルができないテーマパークは多い。友人2人と行く予定だったが、体調を崩して1人が行けなくなった。日程変更なら可能だったので、他日に行ける別の人をなんとか探した。これを2回経験したが、それでも行きたい気持ちが勝つ。払い戻しできないことを気にしつつ、チケットを買う。

 取材をしたところ、業者が再販売サイトを作ったり、予定日までの期間に応じてキャンセル料を設定し、払い戻しできるようにしたりする対応も考えられるという。日程変更が可能だったのはありがたいが、選択肢が増えるとさらにうれしい。こうした配慮の一つ一つは、消費者によく伝わる。そんな心配りをする業者を選べる消費者でありたい。(寺田実穂子)

     *

 てらだ・みほこ 2017年入社。22年4月からくらし報道部で消費者問題を取材。ネット詐欺や製品の事故など身近な事柄について、人に役立つ記事を書いていきたい。

 ■《取材後記》

 飲食店のキャンセル事情を取材して、無断キャンセルが店に及ぼす影響の大きさに改めて気づかされた。売り上げがかき消え、食材も無駄になる。経済面だけではなく、精神的な痛手も大きい。「店でお客様を迎えるモチベーションが下がる」「これはプライドの問題」という声を聞いた。

 無断キャンセルは6年ほど前から社会問題化し、コロナ禍を経て再燃している。キャンセル料を設定する店は今後も増えるだろう。

 店で料理を作り、サービスする人がいて、客は食事を楽しみ、豊かな時間を過ごせる。飲食業で働く多くの人が、そうした喜びの提供に誇りを抱いている。店は「人」であることを忘れたくない。(大村美香)

     *

 おおむら・みか 1991年入社。96年から生活報道に携わり、主に食や農の分野を取材している。昨年春から消費者庁取材も担当し、消費者問題の奥深さを学んでいる。

 ◇アンケート「高齢者とペット」「知っていますか? マンスプレイニング」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇5月5日は休載します。次回12日は「高齢者とペット」を掲載します。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません