(フォーラム)どうする?支え手不足:2 女性の目

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 ■8がけ社会×ThinkGender ジェンダーを考える

 2040年に訪れる「8がけ社会」では、社会を支える現役世代が今の8割に減ります。誰もが生きやすく、それぞれの力を発揮できる社会に変えていかなければ、乗り越えることはできません。困難に直面するロスジェネ女性の問題から、その道筋を考えます。

 ■ロスジェネ「社会に大事にされぬ私たち」 非正規の女性「声上げないといけない」

 「私たちは社会に大事にしてもらえなかった。悪い歯車に乗っかったんです」。連載「8がけ社会」を読んだ神奈川県の40代女性は、私にそう語った。

 女性が社会に出たのは、1990年代後半から2000年代前半の就職氷河期だ。朝日新聞は07年の新年企画で、当時25~35歳だった世代を「ロストジェネレーション(ロスジェネ)」と名付けた。非正規で働く割合が高く、今も多くが低賃金と不安定雇用にさいなまれている。

 フルタイムの非正規雇用で働いて20年近くになる女性は、ロスジェネそのものだ。独身で実家暮らし。今の職場は幸い雇い止めがなく、やりがいも感じている。だが、経験と実績を積んでも評価は上がらず、最低賃金のまま。両親から「私たちが死んだらどうするの」とよく聞かれる。

 社会に出てすぐ、製造業に正社員で採用された。職場は9割が男性だった。日課は1日3回のお茶くみで、宴会では「上座の幹部にお酌を」と言われた。同じ正社員でも男女で与えられる機会が違った。

 ここではやりたい仕事ができないと考え、3年で辞めて販売業に非正規で就いた。望んだ仕事だったが給料は激減し、正社員の時は楽しみだった旅行を我慢した。

 連載で、人口問題に長年関わってきた元厚生労働省幹部は、こう語った。「最大の危機かつ最後のチャンスは、ロスジェネを生んだ時期だった。女性が男性並みに働くことを社会は受け入れず、非正規雇用を黙認した」。ロスジェネ世代の女性たちは、結婚や子育ての適齢期にその力を奪われ、出生率の低下につながった。

 「当時社会を動かしていた人たちは『どうにかなるだろう』と思っていたんでしょうね」と女性はつぶやいた。連載では約40年後、未婚・離別の単身女性の約半数が、老後に生活保護レベル以下の収入になるとの予測も紹介した。この女性も年を重ねるごとに「生きていくためのお金が足りるのか」と不安が増すという。

 「女性はこうあるべきだ」という固定観念をずっと感じてきた。「なぜ結婚しないの」「まだ(結婚や出産は)いけるでしょ」と聞かれることが今もある。「上の世代がそう思い、社会のシステムもそうなっている」。それこそが、社会の変化を妨げる「おじさんの壁」に重なる、と女性は思う。

 人手が足りない8がけ社会を乗り切るには、誰もが生きやすく働きやすい社会を作るしかない。女性には救いとなっている場所がある。まもなく発足5年を迎える自助グループ「にょきにょき会」。横浜市の「男女共同参画センター横浜」で月に1度、非正規職に就く35歳以上の単身女性が集まる。

 女性たちは輪になり、自由に話し始める。持ち時間は1人5分ほど。働き方、住まい、親の介護、今後の人生をどう生きるか……。

 境遇の似た仲間と出会い、女性は「声を上げないといけない」と思うようになった。毎日を生き抜くのに精いっぱいで、心身が追い詰められた人の中には、声を上げることを諦めた人もいる。そんな声も代弁しなくては、との思いから「自分の一票なんて」と思っていた選挙に行くようになった。

 非正規の低待遇を改善し、固定観念や偏見をなくし、仲間とつながれる場を増やす。社会は、もっと「声」を聞いて欲しい。

 女性は、最後にこう話した。「8がけ社会に向けて、できることはたくさんあると思います」(太田原奈都乃)

 ■同一労働同一賃金、誰もが働きやすい状況を広げて 大阪経済大の森詩恵教授(社会政策)

 ロスジェネ世代の単身・非正規雇用の女性たちは、持てる能力を十分に発揮できずに不安定な生活を強いられ、日本社会の「支え手不足」の要因の一つにもなっている。どう乗り越えればいいのか。大阪経済大の森詩恵教授(社会政策)に聞いた。

     ◇

 いまロスジェネは40~50代で、そろそろ親の介護が必要になるときです。非正規雇用では介護で仕事を休むと、有給休暇を取りにくい状況があります。兄弟姉妹がいても、「子どももいないし、非正規なら仕事を辞めやすいだろう」などと思われ、非正規の単身女性に負担が集中しやすい。仕事を中断すれば、自分の年金に跳ね返り、その後の生活はさらに苦しくなる。これでは支え手不足に拍車がかかってしまいます。

 「女性の仕事」と低く見られがちな介護などの職種は非正規化が進み、賃金も低水準です。最低賃金を上げ、同じ仕事の賃金に不合理な差をつけない同一労働同一賃金を進めていく必要があります。

 加えて大切なのは、性別に関係なく、高齢者や障害者も含めて、自分の体力や能力に応じた働き方を決めることができ、短時間でも働けるようにすることです。ジェンダー平等は当然重要ですが、女性だけがターゲットではなく、すべての人が働きやすい状況を社会に広げていく必要があります。

 特に、今後ますます増える高齢者の雇用の確保が鍵です。高齢者のICT(情報通信技術)を活用する力を上げ、日常生活を支えるインフラとして整えれば、社会参加の拡大につながるでしょう。(聞き手・太田原奈都乃、奈良部健

 ■変化嫌う日本人、進まぬ改革/役割の平等化・育児支援充実を

 アンケートの自由回答には、ジェンダーに関連する意見も多く寄せられました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/196/で読むことができます。

 ●男性の働き方見直しを 男性の働き方の見直しや家庭への積極的な参加の推進も、もっと早い段階で進めるべきだったと思います。しかし、依然として仕事と家庭の両立に悩まれているのは女性が多いし、男性の育休取得についてもごく最近のことに感じます。男女関係なく、本人の意思や能力に応じて適材適所で働いていける環境があれば良いと考えます。(大阪、女性、20代)

 ●心の閉鎖性が原因 「8がけ社会」の問題は、女性差別や外国人に対する偏見など、日本人の心の閉鎖性によるものだと思います。目先の既得権や変化を嫌った姿勢が改革を進ませなかった。(必要なのは)女性に、これなら子どもを持っても自分の自己実現が可能であるという未来を示すことでしょう。(東京、女性、60代)

 ●社会の課題解決が前面に 人口不足による労働力不足と女性の社会進出をセットで語られることには憤りがある。ライフスタイルもライフステージも多様化している中で、「社会の課題解決」が前面に出て、「個人」が働きたい、子どもが欲しいと思えるような「社会」になれなかったことが問題。(大阪、女性、40代)

 ●2世帯住宅の供給を 核家族化が浸透したのも原因だと思います。2世帯以上が一緒に暮らし、孫の面倒を見るようになれば、夫婦が社会に出やすくなる。そのような家族が暮らせるような住居の供給を増やすことも子育ての不安を払拭(ふっしょく)することになるのでは。(東京、男性、60代)

 ●議員が高齢男性ばかり 国会議員が高齢者・男性ばかりで、何が問題なのか想像力が足りなくて危機感がなさ過ぎた。効率や経済成長を追うのではなく、自然とともに暮らし、ゆったりと働き、家族だんらんができる心豊かな生活へと生き方を変えていけば、自然と出生率も上がるのではないか。(大阪、女性、50代)

 ●古い観念から抜け出せず 女性の高学歴化、社会進出は不可避な流れとなる中、家庭や育児のあり方について古い観念から抜け出せなかった。男女の役割平等化、育児サポート制度のさらなる充実が必要。また、非正規労働者を増やしたことは、若年層の貧困化や人生設計の不安定化をもたらし、非婚化、少子化につながった。(東京、女性、60代)

 ■《取材後記》希望する人生を歩めるか、解決策見つけたい

 取材で会った女性たちは、私に語った。「いつまでも割を食っている感がある」(愛知県の40代女性)、「ジェンダー平等なんて夢のような話」(高知県の50代女性)。諦めのにじむ言葉に、ここに至るまで社会ができることはなかったのか、と感じた。

 1995年生まれの私が同世代に会うと、近い将来に迫られる選択の話になる。やりがいのある仕事か、子育てか。両方を望んだとしても、長時間労働や転勤が当然とされる職場では、子を産み育てながら働き続けることは難しい。これから私たちが突きつけられるのは、「希望する人生を歩めるかどうか」という問題だと思う。

 アンケートに「具体策を提示してこなかったメディアの責任は重い」との回答があった。同様の反省から、昨秋に始動した8がけ社会取材班では「解決策を探すこと」を約束した。性別や世代を超えて議論し、伝えることを続けたい。今は「夢のような話」でも、将来はその延長線上にしか作れないのだから。(太田原奈都乃)

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 おおたはら・なつの 首都圏ニュースセンターで東京都庁を担当。「8がけ社会」は厳しい現実だが、連載の取材で、海外にルーツを持つ人たちは「今の日本はポジティビティー(前向きな感情)が足りない」と語った。私も、絶望してばかりではいられない。

 ■「8がけ社会」とは

 2040年、働き手の中心となる現役世代(15~64歳)は、現在の約2割にあたる1200万人も減ると推計されています。社会のあらゆる分野で、これまでのやり方が通用しなくなる。「8がけ社会」の到来について紙面とデジタルで連載し、現状を見つめ直して、解決策を探りました。

 ◇アンケート「もし大災害に遭ったら」「当世クラス替え事情」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週17日は「どうする? 支え手不足:3 8がけ社会」を掲載します。

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