災害「わがこと」にするには 21世紀減災社会シンポジウム「気候変動時代の豪雨災害に備える」
21世紀減災社会シンポジウム「気候変動時代の豪雨災害に備える~西日本豪雨5年の歩みから学ぶ」(ひょうご震災記念21世紀研究機構、朝日新聞社主催、山陽新聞社共催)が1月27日、山陽新聞社さん太ホール(岡山市)であった。豪雨が増加傾向にある中、災害を自分事として捉えるにはどうすべきかを話し合った。
<参加者のみなさん>
◇基調講演
中北英一氏 京都大学防災研究所長
◇パネリスト
木村玲欧(れお)氏 兵庫県立大学教授
津田由起子氏 市民防災グループ「チームサツキ」代表
古川和宏氏 山陽新聞報道部副部長
◇コーディネーター(オンライン)
御厨(みくりや)貴氏 東京大学名誉教授
◇総括
五百旗頭(いおきべ)真氏 ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長
佐々木英輔 朝日新聞編集委員
■基調講演 降雨量増踏まえた治水を 中北氏
ここ10年、梅雨や台風による豪雨災害が頻発している。理由の一つは地球温暖化。海があたたまり、豪雨の「エサ」である水蒸気が日本に流れ込みやすくなってきている。温暖化の進行は遅いイメージがあるかもしれないが、もう影響は出ていることを理解してほしい。
産業革命以来、地球の平均気温は1・1~1・2度上昇した。シミュレーションでも、ここ40年の温暖化によって総雨量が約1割増加したことがわかっている。2050年に「2度上昇」となるのは確実で、気象がさらに激しくなるだろう。
これからの豪雨災害は、今までの常識は通用しない。豪雨の頻度が増え、雨の強さが強く、総雨量も多くなる。
将来予測によると、梅雨の集中豪雨の雨量と回数は増え、より東へ北へとそのリスクが拡大。台風は発生回数が減る一方、一度生まれると発達しやすくなる。ゲリラ豪雨も頻度や強さが増える。今まで豪雨に襲われなかった地域でも頻発するだろう。
2度上昇に備え、降雨量が約1・1倍に増加することを考慮した治水計画の見直しを一刻も早く進めることが必要だ。大事なのは、過去の常識や情報だけをもとにするのではなく、科学的な将来予想を踏まえた計画を立てることだ。
堤防を高くするなどのハード対策だけでは不十分で、上流から下流にかけてハード・ソフト両面から対策をとる流域治水をめざす必要がある。水を一時的に川からのがす「霞堤(かすみてい)」や、堤防で街を囲む「輪中堤」など、地域の特性を生かすことも重要だ。行政や地域住民が知恵を出し合って、考えていく必要がある。
■パネル討論
御厨 豪雨発生時の避難行動を振り返りたい。
伊東 5年半前の水害で大きな浸水被害が出た岡山県倉敷市真備町地区では、全半壊の家屋が約6千棟に迫った。当時の状況を災害後に振り返ったところ、避難勧告や指示が出たのに「まだ自分は大丈夫」と逃げなかった方がたくさんいた。
木村 心理学では「わがこと意識」という言葉がある。自分と関係ないと思ったことは行動につなげられない。犯罪や健康と比べると、災害のリスクは頻度が低く、身近に感じにくい。にもかかわらず、一度起きれば生活がひっくり返ってしまうのが厄介な特徴だ。
津田 西日本豪雨では、真備町で運営していた高齢者向けの小規模多機能施設が被災した。普段は施設から川は見えない。避難訓練はしていたが、有効な備えは全くできていなかった。夜が明けてから施設利用者の家を回って避難を呼びかけたが、9割が「うちは大丈夫、避難しない」との反応だった。
ただ、2階建ての1階で亡くなった高齢者がいて、避難が難しかった人もいたと感じる。
古川 真備町の自宅が浸水した。隣町での取材から帰宅する途中、堤防の決壊に気づき、胸まで水につかりながら自宅にたどり着いた。水は2階の床上1メートルまで及び、自分や家族は消防や近所のボートに救出された。
近くの川が決壊したことがあるとは聞いていたが、本当に決壊するとは思っていなかった。
御厨 どうすれば住民に災害を「わがこと」と認識してもらえるか。
木村 災害への備えを呼びかけるチラシを配るだけでなく、教育や訓練の場を設け続ける。ただ、残念ながら全員が高い防災意識を持つことは難しい。防災を考える中核的な存在を地域ごとに育てることが大切だ。
伊東 倉敷市では台風などが近づいた場合に、防災ポータルサイトを立ち上げるようにした。浸水想定、気象情報、避難発令、避難所の情報などを一元的に見られるように整備した。
地区防災計画の策定も進めていて、当事者意識を持ってもらうために住民が自分の地域を歩き、話し合いながら作ることを重視している。
津田 「認知症」と「防災」をテーマに、住民参加の演劇のワークショップを開いたことがある。一方的に「避難しろ」と言うのではなく、「なぜ避難できないか」を考えることが、有事の行動につながるはずだ。
また地域の交流の場であり、災害時に一時避難所にもなる共同住宅を真備町で開こうとしている。避難先を日頃から行き慣れた場所にしたい。
御厨 他の教訓は。
伊東 被災直後は住民から「断水で片付けが進まない」という声が相次いだ。水道局には「水質調査で復旧に3~4週間かかる」と言われた。飲めなくていいから、とにかく水を出すように頼み、1週間で使えるようにしてもらった。
木村 多くの人は、警察や消防だけでなく、家族や近所の人から「一緒に避難しよう」と言われたことが避難のきっかけになった。可能な範囲で周りにも声がけしながら避難行動を取ることが非常に効果的だった。
御厨 甚大な被害となった能登半島地震に共通する点は。
伊東 当時全国から多くの支援物資を頂いた。ただ様々な物資が一つの箱に混ざっていると、仕分けに時間がかかる。被災直後は、同じ物資を大量に用意できる自治体が届けるのが効率が良い。
西日本豪雨の経験から、能登半島地震でも5日ほどで絶対に衣類が不足すると思った。倉敷市の繊維事業者に呼びかけて2万枚の下着や肌着を提供してもらい、石川県の輪島市や珠洲市、穴水町、能登町に届けた。
ごみ問題も共通する。被災後は大量の災害ごみが出る。分別を後回しにして、結果的に膨大な時間がかかった。この反省から、倉敷市では種類ごとの捨て場所を示した看板をあらかじめ用意することにした。今回、石川県七尾市に派遣した職員に、その看板を持参してもらった。
木村 避難による住民の分断も心配だ。少人数の集落の場合、残る人のためにどれだけの機能を集落に残すか。行政は住民と丁寧にコミュニケーションを取りながら、集落を維持するための機能を長期的な目線で考えていく必要がある。
御厨 災害時に新聞社に求められることは。
古川 西日本豪雨の時は自分の被災経験を直後からルポとして記事にした。その後も復興の様子を書き続けた。当時は被災した身で仕事をしている場合なのかという葛藤もあったが、振り返ると、街の様子や被災者としての心情をその時々で記録することは非常に大切だった。
発災当時に現場に入った記者は、その後の節目でも取材を続け、時間が経過したことで新たな証言に出合うこともある。継続して災害の教訓を伝えていくことが重要だ。
■総括 「普段使いの防災」が大切 五百旗頭氏
地球温暖化は、20世紀にはまだ疑いの声もあったが、今や明々白々だ。中北先生の講演は、大局的な気候変動の現状は甘くないことを示した。海水温が上昇し、猛烈な台風、線状降水帯などが各地を襲う。「晴れの国」岡山での水害が、それを物語る。
災害は起こってからドタバタするのではなく、事前の備え、いわば「普段使いの防災」が大切だと、今日のシンポジウムで強調された。
住民一人ひとりの避難行動から、防災計画、教育や訓練、まちづくりなど、考えるべき点は多い。
西日本豪雨での経験を生かし、岡山県倉敷市は支援物資を能登半島地震の被災地に送ったという。東日本大震災の時、兵庫県では「阪神・淡路大震災を経験した我々だからこそできる支援をしよう」とプッシュ型支援を行った。「大災害の時代」に、こうしたつながりが続いていることは、とても感慨深いと思った。
■総括 リスクの伝え方模索 佐々木編集委員
気候変動と人口減が進む中で、より安全な場所に住むようにできないかという議論も盛んになってきた。難しさはあるが、水害に強い住宅やまちにする動きも広がる。欠かせないのはリスクを認識して備えることだ。
昔よりもハザードマップなどの情報に触れやすくなったが、被害は想像しづらい。いかにリスクや、リスクを知る手段を伝え、「わがこと」としてもらうか、報じ方も考えていきたい。
◆この特設の記事は、石倉徹也、佐々木凌、大山稜、大塚晶、橋本幸雄が担当しました。
◆参加者の写真は御厨貴氏をのぞき山陽新聞社提供
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