防災、自分は何ができるのか 朝日教育会議2023

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 ■拓殖大×朝日新聞

 1923年の関東大震災から100年の節目を迎え、防災や減災が改めて注目されています。拓殖大学と朝日新聞社は、教育フォーラム「朝日教育会議2023」を共催。「住み続けられるまちづくりを」をテーマに、暮らしや命を守るためにできることを議論しました。【10月14日に開催。インターネットでライブ配信もされました】

 ■基調講演 安全だった場所、今は違うかもと意識を 俳優・気象予報士石原良純さん

 今日はきれいな青空ですね。上空の高いところには、ほうきで掃いたような秋の雲がありました。でも、まだどこかに暑さが残っている。今年の猛暑については、気象庁異常気象分析検討会でも「異常だった」とされました。皆さんも、なんか季節がおかしくなってしまったな、と思われているのではないでしょうか。

 異常は日本だけのことではありません。ハワイやカナダでは大きな山火事があり、北アフリカのリビアでは大洪水で街が濁流にのまれました。国連のグテーレス事務総長は「もう地球温暖化ではない。沸騰化だ」と言っています。温暖化・沸騰化による気候変動で、過去の災害の経験則が当てにならなくなってきています。

 一方で、気象予報の技術は、僕が気象予報士になった1996年から格段に進歩しています。最近は1時間ごとの天気が出ますが、直近のものはほぼ当たりますね。当日や翌日の予報も、本当に精度が高くなりました。

 予報を伝えるという点も改善が進んでいます。2018年7月の西日本豪雨では、気象庁が異例の事前会見を開いて警戒を呼びかけました。皆さんの耳が向くように、竜巻注意情報や線状降水帯予測情報といった言葉も使うようになった。緊急安全確保や避難指示といった言葉だけではよく分からないので、命が危ないときは黒、その手前の段階は紫と、色で危険度を知らせることもしています。

 それでも、メディアが何か言っているな、としか思わない人がいる。だから、私たちはテレビ局のスタジオから、「該当地域にご両親や親類縁者が暮らしている方は、『危ないよ』『早く逃げて』と伝えてください」と呼びかけています。顔が分かる人に言われることで、避難が促される面があるからです。予報と伝達、避難の三つがセットになって初めて、人命は守られるのです。

 避難のタイミングは、一人ひとりで違います。住んでいる場所や建物の構造、家族構成で変わってくる。気候が変わってきたことで、以前は安全だった場所が、今は違うということもあり得る。そうしたことを考え合わせ、自分の身は自分で守るという意識を持たないと、せっかく予報の精度が上がり、その情報を得ていたのに、逃げ遅れてしまうかもしれない。

 日本は自然に恵まれたところだと感じます。青空を見上げれば、その自然を感じてストレスを解消できるし、怪しい雲があれば予報と照らし合わせて、危険を判断することもできる。皆さんも、一日に一度は空を見上げてみてはいかがでしょうか。

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 いしはら・よしずみ 神奈川県出身。慶応義塾大学に在学中の1982年、映画「凶弾」で俳優デビュー。以来、テレビや映画、舞台などで幅広く活躍している。96年には気象予報士試験に合格し、環境問題にも強い関心を寄せる。

 ■パネルディスカッション

 パネルディスカッションには、防災アナウンサーの奥村奈津美さん、拓殖大学防災教育研究センター長の濱口和久さん、石原良純さんの3人が登壇。「自助なくして公助なし」をテーマに、防災の基本を議論した。(進行は黒沢大陸・朝日新聞論説委員)

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 ――防災では公助も共助も大切です。まず、今回のテーマに込めた意味をお話しください。

 濱口 自助の基本は、災害対応を他人事ではなく自分事と捉えられるかどうかです。他人事では、災害が起きるたびに同じ過ちを繰り返してしまう。拓殖大学では、防災、災害知識の習得と、防災人財の育成を柱に防災教育に取り組んでいます。防災人材には(1)周囲に迷惑を及ぼす「人罪」(2)いるだけの「人在」(3)社会や組織に必要な「人財」という三つのタイプがある。このうち「人財」の育成を目指しています。

 奥村 私が防災に取り組むようになったきっかけは東日本大震災です。当時は仙台の放送局でアナウンサーをしていましたが、自宅は何の対策もしていなくてめちゃくちゃになりました。災害が起きてからでは手遅れでも、起きる前ならできることがたくさんあると感じ、防災の啓発活動に携わるようになりました。

 石原 今日のタイトルを見て、突き放していると感じた方もいるかもしれません。お二人の話を聞いて、自助というのは災害が起こる前に何ができるかを考えることなのかな、という気がしました。

 ――地震が起きたときに身を守るためには、まず何をすればいいのでしょうか。

 濱口 例えば夜間の地震で停電したとします。目が悪い人がコンタクトレンズを洗面所に置いていたら、それを取りに行けますか。平時にいろんな状況を想定して、枕元に何を用意しておけばいいかと考えることです。

 奥村 お子さんが通う学校や幼稚園で、防災マニュアルを確認したことがあるでしょうか。自身や大切な家族を守るには、主体的に知ろうとすることが大事です。

 石原 水や懐中電灯を用意しても、取りに行けなければ意味はない。画一的な準備ではなく、災害が起きた時に、自分には何が必要か、どこに置くかとイメージしておくことが大切です。

 濱口 最低でも1泊2日で、電気やガス、水道が止まった状態の暮らしを家族で体験すると、何が必要かが見えてきます。

 奥村 わが家ではリビングや寝室のライトを蓄電と自動点灯機能つきの製品にしています。最近は平時も災害時も使えるアイテムがあるので、家のリフォームなどに合わせて導入する手もあります。

 石原 伝言ダイヤルの使い方を知っておくと役に立つ。家族で連絡が取れないときの集合場所は、決めておくといいですね。

 奥村 私は家族の写真の裏に名前や特徴を書いた「SOSカード」を持ち歩いています。人捜しの時は、写真があると全く違います。

 濱口 防災では、アナログの手段を持っておくことは重要です。

 石原 地震が起きた瞬間は、どう対処すればいいのでしょう。

 濱口 事前に状況ごとのイメージを持っておけば、行動の第一歩が変わってきます。

 奥村 都市部の地震では、街なかや人混みが怖い。エレベーターへの閉じ込めや群衆雪崩のリスクを知ったうえで、動くかとどまるかを判断するのがいいのでは。

 石原 発生時に身を守ったら、今度は発生後です。津波や火災は時間差で襲ってくる。火の手が迫ってきたら、家財を諦めて命を守るという判断が求められます。

 ――高齢者など自助が難しい方は、どうすればいいでしょう。

 奥村 そういう人をどう守るかは、防災の要。安全な場所に住む、家具や家電を固定する、耐震補強をするといった対策が基本になります。家族も実家に帰った時に勧めたり、親に代わって対策をとったりしてほしいですね。

 ――南海トラフ地震では支援する側の不足が懸念されています。その点でも、家族や地域の役割は重要です。

 石原 完成された防災はありません。こんな災害が起きたら子どもは、おばあちゃんはどうなるだろうと感じたときに、少しずつ解決策を考えるといいですね。

 奥村 防災は未来へのプレゼントだと思います。災害時の備えとして、家族や大切な人に、おいしい非常食を贈ってみてはいかがでしょう。

 濱口 自助とは、助けられる人が助ける人に変わることです。防災を楽しく学ぶ、備えるという気持ちで、そのための行動、取り組みを実践してほしいと思います。

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 はまぐち・かずひさ 熊本県出身。防衛大学校卒業。名古屋大学大学院博士課程に在籍し濃尾地震を研究中。陸上自衛官栃木市首席政策監、防災教育推進協会常務理事などを歴任。専門は防災・危機管理政策。

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 おくむら・なつみ 東京都出身。立教大学卒業。仙台の放送局でアナウンサーをしていた2011年、東日本大震災に遭遇。以来、防災士の資格を生かし、防災や減災への備えを呼びかける講演活動などに取り組んでいる。

 ■プレゼンテーション 地域の豊かさとは、高齢化の団地や水上集落で考えた

 「地域における『豊かさとは何か』を考える」をテーマに、拓殖大学の学生によるプレゼンテーションがあった。

 国際学部国際学科3年のヒシグスレン・ウーガンザヤさんと田中颯馬さんは、東京都八王子市の館ケ丘団地での「暮らし向上プロジェクト」について報告。高齢化が進む団地で、スマホ教室や防災訓練の実施、団地まつりへの参加などを通し、住民との交流を深めてきた足取りを振り返った。

 田中さんは「地域の豊かさとは、相手を気づかう思いやりの総体のようなものでは。今後も地域の暮らしやすさに思いを巡らせていきたい」と話した。

 同学科3年の中本惠梨さんと4年の松村杏美さんは、マレーシア・コタキナバルの水上集落での、ごみへの意識向上を目指した取り組みを報告した。

 この水上集落では、集落のあちこちにごみが捨てられている。だが、住民アンケートでは多くがごみ問題を何とかしたいと考えていた。そこで、集落内にごみ袋を設置し、住民と学生のごみ拾い大会を開くなどしたという。松村さんは「このような活動の積み重ねなしに、ごみ問題は改善に向かわない。私たちができることをさらに追求していきたい」と話した。

 ■「他人事ではない」から始まる 会議を終えて

 討論のテーマを冷たいと感じられた方も少なくないと思います。災害時に自力で動けない方はもちろん、誰にとっても共助も公助も大切であり、安直な自己責任論は決して肯定できません。

 災害への備えは、まず自分と大切な人の身を守ることが第一です。そのために、まず自分で何ができるのか、何をしていくかを話し合いました。

 濱口さんは自助の基本は他人事ではなく自分事として考えることだと話しました。そこから始まります。奥村さんは災害が起きてからでは手遅れでも事前にならできることがあると話しました。どこで災害に遭遇するか、そこではどんな備えが必要か、いろんな場面を想像しておくことは大切です。

 とはいえ、備えは手間がかかって「めんどくさい」です。日々の生活もあって取り組むのは大変です。石原さんは「完成された防災」を得ることの難しさを指摘しました。完全だと思っても想定外もあります。未完成であることを意識し、日常のふとしたタイミングで思いをめぐらして少しずつ改善していくことで、前に進めるのではないでしょうか。黒沢大陸

 <拓殖大学> 1900年設立。東京都文京区と八王子市にあるキャンパスに、商、政経、外国語、工、国際の5学部14学科をもつ。世界に貢献する人材育成を建学の理念とし、世界の約8割の国・地域をカバーする15の言語教育環境、休学をせずに研修できる独自の海外留学プログラムを提供。世界各国から留学生が集うグローバルキャンパスを展開。

 ■朝日教育会議2023

 先進的な研究や教育に取り組む大学と朝日新聞社がともに、様々な社会の課題について考える連続フォーラムです。各界から専門家を招き、「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や視聴者と一緒に解決策を模索します。

 概要と申し込みはウェブサイト(https://aef.asahi.com/2023/別ウインドウで開きます)から。すべての回で、インターネットによる動画配信をします(来場者募集の有無はフォーラムによって異なります)。

 共催大学は次の通りです。拓殖大学、東京工芸大学、法政大学、名城大学、早稲田大学(50音順)

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