(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)地方取材、目利きと深さで勝負 岡本峰子

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 8月末まで仙台で総局長を務めた。それだけに読者から寄せられる地域面への声はとくに気になる。

 パブリックエディター(PE)になって早々、兵庫県の読者モニターから届いた意見が目にとまった。「(神戸周辺に比べて)紹介するに値する素材がないのかもしれないが、それでも地域面とあれば、自分の住んでいる地域の身近なニュースがほしい」。胸がちくちくと痛む。

 私自身も2年弱の宮城県在任中、二つの取材拠点を閉じた。メディア環境の変化で記者の配置数が見直される中、人口規模や交通網、取材テーマなどを勘案した。いま県内の拠点は仙台総局と石巻、気仙沼の両支局の計3カ所。閉じた支局の管内は仙台の記者らが車で1時間ほどかけて通う。総局の記者数も、東日本大震災直後に比べればかなり減った。

 記者の業務軽減は進めている。夜間早朝や週末の事件警戒を近隣3県で輪番制にしたり、業務の一部を本社に肩代わりしてもらったり。だが働き方改革もあって、何をどこまで取材するかは悩ましい。

 小さな催しの取材でも下調べ、アポ入れ、移動、執筆・出稿と手間と時間がかかる。県内の記者たちには地域面(県版)で大きく展開できる題材を探したり、デジタルで全国に発信できるような取材をしたりするよう勧めてきた。

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 地方取材の核心って何だろう。今春、山形県から青森県に異動した鵜沼照都記者(60)に会いに行った。

 今回が3度目の青森勤務。三沢支局長だった前回5年前までと違うのは、かつての三沢、むつ、八戸の計3支局分の管内を1人で担当していることだ。下北半島から岩手県境まで、県のほぼ東半分。1日6~8時間運転することもあり、月の走行距離は2千キロに上る。

 「取材の仕方は変えました。変えざるを得ない」。市役所などにある記者クラブを足場に取材に出かける、といったスタイルは捨てた。SNSで取材の端緒を探す。「地元紙のように細かく回れないし、載せる紙面もない。同じ発表事案でも、その後にどう目利きするかが腕の見せどころだと思っています」

 人口1700人の村に、33億円の新庁舎は必要なのか――。こんな書き出しで始まる記事は7月に朝日新聞デジタル、8月に青森県版に掲載された。この件が議論された村議会特別委員会は他社の記者も傍聴していたが、結果的には独自ダネに。デジタルでもよく読まれた。

 広大な地域を抱えた働き方も、デジタルならではの書き方も、まだリズムはつかめていないと鵜沼記者。「でも、根が新しいもの好きなんで。どうせなら楽しくやりたい。手間は同じですから」。朝日新聞ポッドキャストにも出演した。

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 9月上旬のPE会議で、8月に朝日新聞デジタルと和歌山県版に掲載された連載「クジラのまち、その後 和歌山太地町から」を取り上げた。米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」で追い込み漁が批判的に描かれ、世界的な論争になった舞台。漁師たちの日常の姿を映した記事は「結論ありきでなく、人間を考えさせる冷静な筆致で生き方を描いた」(藤村厚夫PE)などと評価された。連載を読んだ千葉県の読者モニターは「これこそオールドメディアの進むべき道。骨太な連載を今後も期待する」と感想を寄せた。

 筆者で和歌山総局員だった国方萌乃記者(33)は昨春、町に一軒家を借りて住み込んだ。映画やSNSではベールに包まれていた漁師たちの思いを知りたいと、当初は和歌山市から車で2時間半かけて通ったが、取材は断られた。「本人たちの声を聞き、輪郭だけでも理解するには、ここで生活するしかないと思った」。取材を受け入れられるまで5カ月かかった。今春まで、漁期のほとんどを町で暮らした。

 太地町を含む紀伊半島南部を担当していた新宮支局がなくなり、担当デスクは「南部をカバーしてもらえば、という意味合いもあった」。国方記者は、和歌山総局でのルーチンや選挙などの取材にも加わりながら、旧新宮支局管内の自治体の動きやイベントの取材も重ねた。

 「地域に暮らすことで、漁師さんだけじゃなく、家族も含めて丸ごと知り合える。取材対象が点や線じゃなく面になるんです」と国方記者。地域に溶け込んでこそ、聞ける話がある。感じられる空気感がある。地方で働く記者から度々聞く言葉だ。

 人員に余裕がないからこそ、記者の情熱と機転がいる。上司や同僚と思いを共有し、理解と協力を得ることも必須だ。深い取材を遠くまで届ける試みが、各地で始まっている。

 ◆おかもと・みねこ 1989年入社。社会部、生活部、編集局長補佐、仙台総局長などを経て、今月から社員の立場でパブリックエディターを務める。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える

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