(フォーラム)早生まれは損?:1 学力では

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 同級生に比べて体が小さく、成長が遅い――。1月から4月1日までに生まれた「早生まれ」の子は平均して、学齢期にそんなハンディがあるといわれます。当事者にはどのような苦労があり、どんな配慮が必要なのでしょうか。まずは学力面を中心に考えます。

 ■統計に基づき、「不利と配慮」論じよう 東京大学大学院・山口慎太郎教授(労働経済学)

 3月生まれの生徒が入学した高校の偏差値は、同じ学年の4月生まれより4.5低い。3年前、東京大学大学院の山口慎太郎教授(労働経済学)らがそんな研究を発表し、話題を呼んだ。その後、早生まれのハンディを小さくするための議論や新たな施策は生まれたのか。話を聞いた。

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 埼玉県のある自治体のデータを用い、統計的な誤差を補正した上で4月生まれと3月生まれで入学した高校の偏差値を比べると、4.5の差がありました。

 ただ、学力差そのものは学年が上がるごとに縮まっていた。「埼玉県学力・学習状況調査」の4年分のデータを用い、県内の公立小中学校に通う小学4年~中学3年の延べ100万人超のデータを分析したところ、どの学年、どの教科でも、先に生まれた子ほど成績が良い傾向が見られたが、学年が上がるにつれて差は小さくなっていました=グラフ。

 研究では、学力の差もさることながら、「感情をコントロールする力」や「他人と良い関係を築く力」といった非認知能力の差が、学年が上がっても縮まらないこともポイントでした。

 学校外での活動を分析すると、中学3年の早生まれの生徒は、学習や読書の時間、通塾率がいずれも高いという結果が出ました。一方、スポーツや外遊び、美術や音楽に費やす時間は少なかった。これは、保護者が自分の子どもに何らかの遅れを感じて塾が優先され、非認知能力を伸ばすとされるスポーツや芸術系の習い事はしなくなるということだと思います。つまり早生まれの子どもたちは学力面では努力で差を縮めているが、非認知能力を伸ばすような活動が不足しているということです。

 非認知能力の中でも、一つの仕事をきちんとこなし、達成を目指そうとする「誠実性」は、大人になってからの労働収入と強い相関があると知られています。30~34歳の所得を比較した先行研究によると、早生まれのほうが約4%低いという結果がある。非認知能力を伸ばす活動の不足が、大人になってからの所得差につながっている可能性があります。

 「早生まれの不利」は、記事になるたびに「面白い」と消費されるだけで、教育制度のあり方を考えようということになりません。これまで手がけてきた研究の中で、最も政策に反映される気配がない。生まれ月に基づいた配慮は、障害者に対する合理的配慮と同じだと思います。しかし、結局は保護者や本人が不利をどう克服するかという話に終始しがちです。

 また、SNSなどでは「早生まれでも頑張っている人はいる」という声のほか、当事者からも「早生まれに対する差別につながる」という意見がある。しかし、「早生まれでも優秀な人はいた」といったエピソードはあくまでも個別事例です。統計学的事実に基づいて考え、議論する訓練の機会が必要だとも感じます。

 子どもの発達に与える要因は様々で、その一つに生まれ月による差もあるということを教員養成課程や教員の研修などで位置づけ、指導に当たってほしい。差が大きい低学年のうちは、誕生月を考慮したクラス編成にすることも方法の一つです。

 (聞き手・伊木緑

 ■保育園、受け入れ態勢は 定員の空き、ケアする人手

 「早生まれの場合、保育園の入園申し込みに不利が生じる」と言われるが、それだけではないようだ。「入園後も早生まれの子の保育には課題がある」と専門家は言う。

 認可保育園では、大半の子が4月に入園する。出産後2カ月間は母親がまだ産休中だったり、預かる条件を生後何カ月以上と定めている園が多かったりするため、2、3月生まれの子は4月入園に申し込めないことが多い。

 「保育園を考える親の会」顧問の普光院亜紀さんは「年度途中でも園に十分に空きがあれば生じない問題だが、そうでない園や自治体もまだ多い」と話す。過去には「早生まれは入園が不利なので妊娠を躊躇(ちゅうちょ)している」といった相談もあった。

 生まれ月による不平等をなくすことも目的に、東京都港区は2005年から区立園に「入園予約枠」を設けている。入園したい月に合わせ、年度途中の入園を確約する仕組みだ。長野県松本市も、今年度から入園予約制度を導入した。

 入園してからも、早生まれの子にはケアが必要だ。1歳児クラスでは、ハイハイの子から走っている子まで発達の差が激しい。普光院さんは「保育士が人手不足だと、月齢が低い子は高い子に比べてどうしてもせかされがちになる。それが子どもの自信や意欲を減退させることにつながってはならない」と指摘する。

 国の有識者会議の委員でもある普光院さんは、月齢が低い子にも特別な配慮ができるよう、保育士を手厚く配置するよう求めてきた。「国レベルで予算をつけ、保育士の配置人数を増やすことがまず求められる」(田渕紫織)

 ■必死に周り見て動く/得感じた4月生まれ/妊娠時期を調整した

 アンケートは、30代、40代からの回答がほぼ半数を占めました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/181/で読むことができます。

 ●周りを見て察して動く 幼稚園から小学校低学年にかけて、同級生の4、5月生まれとの差を感じていました。体育などはもちろん、普段の生活でも常に周りを見て察して動くことに必死でした。教師がその点をきちんと把握し、配慮しながら比較しない教育を行えたらいいなと思います。(愛知、女性、10代)

 ●低学年は配慮を 成人した3月30日生まれの次男。せめて低学年の間は少人数のクラス編成にして、先生の目が行き届く態勢だったら、と思った。(奈良、女性、50代)

 ●自信のなさは大人まで 私自身が予定日は5月であったが3月に生まれてしまった。低学年の頃は学力も劣り、スポーツも皆のようにはできなかった。自分は何をやってもダメなんだと、自信のなさは大人まで続いた。我が子は早生まれにならないよう妊娠の時期を調整。何か一つでも良いからこれだけは人より得意というものを幼児期に身に付けさせたい。(神奈川、女性、40代)

 ●不条理を学べた 損だけど、そんな不条理を子供の頃から学べた点では問題ないかなと思う。(愛知、女性、40代)

 ●意識する必要ない 少なくとも生活面や学習面の成長については、早生まれであることを殊更に意識する必要はないのでは。幼い頃、母が「この子は早生まれなのでご迷惑をおかけします」と周りに頭を下げるたびに、自分は「早生まれ」というよくない人間なのだと心を痛めていました。(東京、女性、40代)

 ●全体の8割が 娘が12月生まれです。東京の私立一貫校に幼稚園で入園した時は退園を考えるぐらい差別を感じ、『できる子が面倒でなくてよい』と言われました。全体の8割が8月ごろまでに生まれており、『受験するなら生まれ月を考えるべきだ』という母親が多く、初めて聞いた言葉に驚きました。小学校でも生まれ月が遅ければ遅いほど損だと感じました。(東京、女性、40代)

 ●フォローは絶対必要 早生まれでも大丈夫だった方もいるとは思いますが、だからといって無理していた方の口を封じるような論調には同意できません。早生まれでゆっくりな方のフォローは絶対に必要だと思います。先生も対応できていない、対応が必要だと思われていないのが現状です。(埼玉、女性、30代)

 ●私は4月生まれ 幼少期を振り返るとかなり得をしたなと感じます。小学4年生くらいまでは早生まれとの差が顕著でした。中学高校になるとあまり感じなくなります。「教師から褒められる」「学級委員などリーダーを任される経験」は他の人より多かったかもしれません。(東京、女性、50代)

 ●気づかれにくい問題 自身が早生まれ、子どもが早生まれとかでないと、気づかれにくい問題だと思う。(栃木、女性、30代)

 ◇取材相手に、失礼をわびながら生年月日を尋ねるのは新聞記者の基本動作だ。記事にする際、年齢を添えるためだが、その人が3月生まれだとつい聞いてしまう。「周りとの差、いつまで感じていました?」

 誰もがそれぞれにエピソードを持っていた。

 「友達の話についていけるようになったのは小学3年生くらいになってからだった」「大人になった今もどこか追いついていない気がする」

 早生まれに反応してしまうのは、私自身が3月生まれの5歳児を育てているためだ。いまはまだ、早々に乳歯が抜け始めた4月生まれの同級生をうらやましがる姿に目を細めているだけの私。小学校に入り、学力やスポーツにおける差が顕著になった時も心穏やかでいられるだろうかと思うと、ちょっと自信がない。

 今回の取材にあたり、最難関の一つとして知られる男子中高一貫校に2022年に入学した生徒の誕生月のデータを入手した。4~6月生まれの割合は約27%、7~9月生まれが約31%、10~12月生まれは約23%、そして1~3月生まれは19%。別の年度でも傾向は同じだった。

 4月1日と2日を境に学年が変わるのは、法律で人為的に決めたルールにすぎない。生まれ月が子どもの発達だけでなく、進路選択や将来の収入にまで影響することが複数の研究から明らかになってもなお、「そう決まっているから仕方ない」「どこで線引きしても誰かは不利になるのだから」で済ませていいのだろうか。そんな疑問が、この企画の出発点だった。

 自己肯定感をつけられる環境を与えよう。周りと比べず、長い目で見守ろう――。親としてできることはありそうだ。これまで当事者は親や本人の努力だけで周囲との差を埋めてきたのだろう。でも、エビデンスに基づいた社会的な議論を深めてもいい頃だと思う。伊木緑

 ◇ご意見・ご提案をお寄せください。asahi_forum@asahi.comメールする

 ◇来週9日は「早生まれは損?:2」を掲載します。

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