(フォーラム)男も生きづらい?

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 ■#ニュース4U

 政治や職場など様々な場面でジェンダー平等がうたわれ、男女間格差を取り払おうとする動きが少しずつ広がっています。その一方で、「男性のしんどさ」を訴える声も聞くようになりました。男性優位とされてきたこの社会で、いま何が起きているのでしょうか?

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 男らしさを求められてプレッシャーを感じたり、男性だから損だと思ったりした経験はありますか? LINEを使った双方向窓口「#ニュース4U」で意見を募ったところ、様々な経験談が寄せられ、その中の3人に話を聞きました。

 ■妻の扶養入り…恥ずかしさ 弱さ認められぬ自分に向き合った

 福岡県に住む専門学校教員の男性(59)は、東京で公務員をしていた30代半ばでバーンアウト(燃え尽き症候群)になり、職場に行けなくなった。退職を決めたものの、自分の両親に伝えると「おおごとになった」という。両親は怒り、妻の両親に会いに行って「息子がとんでもないことをした」と謝罪した。

 後になって、ふと思った。「もし妻の方が仕事をやめたとしたら、誰も怒らなかっただろう。妻の両親がこちらの両親に謝りに来る、なんていうこともなかったのでは」

 4年間は働けず、公務員の妻の扶養家族になった。「男としてのプライドは高い方ではない」と思っていたが、医療機関で妻の保険証を出す時は恥ずかしいと感じた。「妻に食わせてもらっている」と自分で思うのも他人に思われるのも嫌だった。

 精神的な不調はなかなか良くならず、原因を探り続けた結果、「弱さを認められない自分自身」に行き着いた。母親から「男のくせに泣くな」と言われて育ち、泣いたり感情を出したりするのが苦手になっていた。押し殺していた感情に向き合った結果、しんどさの底をついたように気持ちが浮上したという。

 いまは妻の前でも涙を見せられるようになった。それでも、教えている学校で男子学生の涙を見た時には違和感を覚えてしまった。自分にも根強いアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)があると感じる。

 「差別は圧倒的に女性の方が受けているし、男性の方が生きづらいとは思わない。でも、男性の持つ『きつさ』というのはあると思います」

 ■DV・ひとり親支援に失望

 栃木県の男性(49)は5年前、当時小学生だった2人の子どもを連れて家を出た。

 その頃、元妻は毎日のように酒に酔い、子どもや自分に手を上げたり、暴言を吐いたりしていた。ある日、朝から酒を飲んで荒れる元妻から逃れるためにトイレに閉じこもった娘から、メールが届いた。

 「ママは死んでしまえばいい」。その一言で意を決し、リュック一つで家を飛び出した。

 追い詰められるまで、手をこまねいていたわけではない。市役所の窓口に何度も出向き、DVの被害者らを保護するシェルターの利用を申し込んだ。だが、担当者は「男性は利用できない」とにべもなかった。女性からのDV相談は毎日受け付けている電話窓口も、男性向けは月2回、平日の昼間に限られていた。

 結局、これといった解決策が見つからないまま、遠方の実家に身を寄せたが、男性は仕事を失い、子どもたちも友達と離ればなれになった。避難先で求職活動をした時も、市の支援情報には「ひとり親のママを応援!」などと書かれており、相談する気になれなかった。

 男性は「シェルターに男性が入ることで恐怖を感じる女性もいるだろうということは理解できる」と言いつつ、「だからといって男性への支援がいらないということにはならない」と疑問を投げかける。「困ったときに行政にも頼れず、失望した。男性もDV被害者やひとり親になり得るということが想定されないまま、支援の仕組みがつくられていることに不条理を感じる」

 ■女性保育士の声かけ、驚き

 「泣いている男の子は嫌い」「男の子なら、しゃきっとしなさい」

 東京都の保育士の男性(43)は数年前、以前の勤務先で、同僚の女性保育士の声かけに戸惑った。

 相手は2、3歳児だ。別の業界から保育士に転職して最初の勤務先だったが、すでに幼少期にこんな刷り込みがあることに驚いた。「男性らしさ」の規範が社会に根を下ろしている現実を突きつけられた。

 子どもたちの成長を保護者と一緒に喜びあえる保育士の仕事にやりがいを感じる。それでも時々、生きづらい。「収入が高くないと男らしくない、という風潮というか、雰囲気を感じる。そんな女性同士の会話を耳にすると、ちょっと切ない」

 約4年前、婚活サービスに登録した。「あなたの人柄はいいけれど、経済的にマッチしない。ちょっと相手の女性を見つけるのは難しい」と担当者に言われ、ショックを受けた。女性の側にも「男性らしさ」の思い込みがあるのでは、と思う。

 女性が社会に出て活躍し、男性も家事や育児に当たり前に取り組む社会の流れは当然だと考えている。

 一方で、こうも思う。「不平等を解消しようと、社会制度がより良く進んでいるのに、際立って見えるのは、知らず知らずに受け継いできた『男子かくあるべし』みたいな価値観や思い込みばかり」

 どう変えるべきか。自分が携わっている現場にチャンスがあると思う。「男の子が泣いてもいい。女の子だって元気に走り回り、闘いごっこをしてもいい。微力ながら子どもたちに伝えていくことだと思う」

 その先に、自分らしく生きられる社会があると信じている。

 ■「つらさ」の根っこは同じ 関西大・多賀太教授(ジェンダー論)

 男性の「しんどさ」「生きづらさ」が近年語られるようになった背景に何があるのか。男性たちはジェンダー問題とどう向き合えばいいのか。ジェンダー論を研究する多賀太・関西大教授に話を聞きました。

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 男性の「生きづらさ」が近年語られるようになったのは、ジェンダー問題を「自分ごと」として考え始めたことが背景にあると思います。

 女性がジェンダーの不平等に異議を申し立て、以前に比べると、政府も社会も、職場などでの女性の地位向上をより進めてきました。従来の性別役割分業かつ男性優位の社会から、徐々に男女平等の社会へ変わる過渡期だからこそ、価値観の板挟みになっている男性も多い。

 たとえば、自分もパートナーも共働きしながら家事や育児を一緒に、という考えなのに、職場では旧態依然とした「稼ぎ手」の役割を求められ、期待されているような例もある。古いジェンダーの規範と新しい価値観の間で揺れています。

 男性の生きづらさが語られる中で、「今では男性の方が弱者」という主張をネット上でみかけます。

 しかし、これは極論です。

 男性の生きづらさは、無理やり男性優位を維持しようとしてきた社会の力から来ている。常に男性が優越し、男性中心で物事を動かしていく女性差別的な社会の仕組みとそのゆがみが、一定の割合の男性たちも苦しめているのだと理解すべきです。

 男性にとって、等身大でジェンダーについて語れる場がこれまで少なかったと思います。自然体で自分の気持ちや弱音を吐きだしたり、モヤモヤを言葉にしたりする場を持つことで、ジェンダーの問題を自分ごとにする。社内会議とも飲み屋でのやりとりとも違う、男性同士の語り合いの場です。他方で、たとえ耳の痛い話でも、女性たちの声にしっかり耳を傾け、女性の立場に立って考えてみる。その両方の機会を作ることが大事です。

 「つらい」という声、その根っこが女性を苦しめているものと実は同じところにあるんだよ、と理解したうえで、性別を問わず、ともにジェンダー平等へと社会を推し進める。弱さを受け止めながら、自分が変わり、社会が変わる。男性の「生きづらさ」も解消していくと思います。

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 たが・ふとし 専門は教育社会学・家族社会学。ジェンダー問題を研究。女性への暴力防止啓発に男性主体で取り組む一般社団法人「ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン」の共同代表。

 ■根本の価値観、どう変えるか

 子どもが生まれてからも長時間勤務や休日出勤が続く夫に、「一度私があなたの上司と話そうか」と言ったことがある。

 もちろん冗談だったが、夫は「やめて~」と困り顔。時間が許す限り、子どものことにも主体的に関わろうとする夫だが、いわゆる「マッチョ」な職場と、平等な家事・育児を求める私との板挟みはしんどいだろう、と思う。

 育児・介護休業法が改正されて、男性の育休取得については法的な後ろ盾が強化された。だが、今回N4Uに寄せられた読者の体験談を通じても、従来の「男らしさ」の規範から外れる多様な男性の存在を、社会はまだまだ受け止めきれていないと思う。

 内閣府の調査結果を見ると、性別を理由にした役割の押しつけや思い込みは、男女ともに根強いことが見て取れる。細切れの法改正や支援だけでなく、「生きづらさ」を生む根本の価値観を変えていくためにどうアプローチすべきか、問い続けたい。伊藤舞虹

 ■不平等に目を背けた自分

 記者になって14年、今も好きで選んだ仕事にやりがいを感じる。ニュースに対応するため、時には朝から夜遅くまで働く。単身赴任も3年以上続けた。「しんどい?」と聞かれると「それが仕事」と思っていた。弱音を吐いても仕方がない、とも。

 米国には、女性や社会、男性自身に害を及ぼす側面を強調した言葉として「有害な男らしさ」がある、と多賀教授から教わった。「感情の抑圧や苦悩の隠蔽(いんぺい)」「表面的なたくましさの維持」「力の指標としての暴力」の三つが特徴だという。

 「男らしく」我慢を重ねている時、身近な家族や同僚もつらさを感じているかもしれない。今回の取材を通じ、過去に感じた「しんどさ」を見直しつつ、家事・育児の多くを引き受けてきた共働きの妻を思った。不平等に気づきながら目を背けてきた自分を恥じた。

 悩みも弱音もモヤモヤも言葉にして、「男らしさ」の衣を一枚ずつ脱いでいく。ジェンダーの問題を自分ごととして捉えながら、まずは自分が変わりたい。斉藤佑介

 ◇山本奈朱香、伊藤舞虹、斉藤佑介が担当しました。

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 ◇来週11日は「産後パパ育休」を掲載します。

 

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