事実を追う、権力を問う 新聞週間2020

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 権力者たちを記者が取材している。関係者を訪ねて歩き、質問を重ね、証言を引き出す。時に距離感に悩みながら、都合の悪い情報を隠そうとする権力に迫る。真実は何か、伝えたい。その思いが今日も記者たちを突き動かしている。

 ■「桜」文書、足で稼いだ確かな証拠 政権中枢に迫る、政治部記者

 7年8カ月と憲政史上最長となった第2次安倍政権で、首相官邸は、官僚たちの人事権を掌握し、権勢を誇った。記者たちは国家権力の中枢をどう取材し、権力の監視に取り組んできたのか。

 「首相官邸の力が過去にないほどに強大化し、情報統制も強まった」。政治部官邸キャップの星野典久記者(44)はこう振り返る。

 衆院に小選挙区制が導入された1996年以降、派閥の力は低下。安倍政権は2014年に内閣人事局を創設し、中央省庁の幹部人事を一元管理した。強大化した官邸を前に、国会議員や省庁幹部の口が重くなった。

 だが、権力監視のためには関係者だけが知る内部情報に迫る必要がある。星野記者が選んだのは新聞記者の原点、足で稼ぐという手法だった。

 昨年11月、参院予算委員会で共産党の田村智子議員が、安倍晋三首相主催の公的行事「桜を見る会」が後援会の親睦行事に利用されているのではないか、と問いただした。首相は詳細を答えなかった。

 当時官邸サブキャップだった星野記者は、山口総局経験者の首相番・野平悠一記者(27)のつてを頼りに、首相の地元、山口県下関市に野平記者と向かった。地元有権者に接触し、桜を見る会に参加するツアーを首相の地元事務所が主催していることを示す文書の入手に成功した。

 11月13日付の朝刊1面トップは「首相事務所 ツアー案内」という見出し。「『桜を見る会』を日程に含んだ観光ツアーを案内する文書が、安倍首相の事務所名で、地元有権者に届いていたことがわかった」とスクープした。

 この問題は、野党や他メディアも追及していたが、文書のインパクトは大きかった。この特報直後、菅義偉官房長官は翌年度の桜を見る会の開催中止を発表。「招待者の取りまとめなどには関与していない」と説明していた安倍首相は「私自身も事務所から相談を受ければ推薦者について意見を言うこともあった」と一転して関与を認めた。

     *

 今年4月には、「アベノマスク」全戸配布の案が浮上した経緯について、官邸官僚が「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」と進言したことを独自に報じた。6月にはマスク製造会社社長への単独インタビューで、巨費を要するコロナ対策が一部の官僚の発想で進められていることを伝えた。

 政権中枢にいる官邸官僚の発言内容を把握するのは容易ではない。だが、布マスクの全戸配布をめぐっては政権内部にも「費用対効果を考えると、おかしな政策だ」という疑問の声はあった。政治家や役人など関係者たちにも矜持(きょうじ)がある。それを信じ、対話を繰り返した成果だった。

 一方で、真実に近づきながらも、直前まで確証を得られなかったのが首相辞任だ。

 首相番記者から「首相の歩くスピードが遅い。声も小さくて聞き取れない」という報告があり、明らかな異変を感じ取ったのが8月12日。その後、安倍首相は17日、24日と検査で慶応大病院へ行った。

 記者会見前日の27日、星野記者は翌28日の首相の予定をみて「不自然」と感じた。会見は午後5時だが、新型コロナウイルス対応の政府対策本部は午後1時で、「空白の4時間」があった。これまでは間を置かず会見が開かれるのが通例だった。4時間は自民党の二階俊博幹事長らに辞意を伝えるための時間で、安倍首相は辞任を表明した。

 菅官房長官は繰り返し「毎日お目にかかっているが、(首相の健康状態は)変わりない」などと述べ、健康不安説を否定しつづけた。「菅氏は本当のことを話していなかった。記者として真実をつかみ取れなかったことは悔しい」と星野記者はいう。

 権力に肉薄する取材は続いた。29日夜、二階幹事長、菅官房長官、森山裕・自民党国会対策委員長らが、東京・赤坂の議員宿舎内の一室で会談。「あんたしかいない」と二階氏が語りかけると、菅氏は「継続性はそうですね」と応じた。菅首相の誕生へ、密室で道筋がついた瞬間だった。二階、森山両氏が主導し菅氏がトップに就けば、権勢がさらに増すのは確実だ――。そんな両氏の思惑も記事では指摘した。

 「正確な情報を少しでも早く得るために、政治家や官僚に接近し、信頼関係を築く。だが最も重要な仕事は権力の監視。批判的な視点を持ち続ける必要がある」と、星野記者はいう。内田晃・政治部デスク(47)は「政治家を取材するのは政治の深層を読者に届けるため。どれほど接近しても越えてはいけない一線がある。常に悩みながら取材している」と話す。(赤田康和)

 ■議員の告白、「人対人」の関係から 河井夫妻事件を担当、広島総局記者

 3月28日、土曜日の朝だった。広島市の自宅で、広島総局の東郷隆記者(35)は地元紙の朝刊を広げた。

 「『県議らに現金』捜査着手 地検が任意聴取」

 記事は、地元議員らが元法相の河井克行衆院議員と、妻の案里参院議員から現金を受け取ったと報じていた。昨年7月の案里議員の選挙前だ。後に多額買収事件に発展する事件の一端だった。

 疑惑は、昨秋にも地元紙が報じた。当時、東郷記者は「あり得ない」と複数の議員に否定された。この日の記事には現職議員らが検察に対して受領を認めた、とあった。「捜査着手」。見出しの4文字を東郷記者は見返した。

 取材班は強化され、河井夫妻による買収疑惑を、捜査の進展とは別に、取材で明らかにする「調査報道」をめざした。捜査当局から得る情報としてではなく、朝日新聞の取材と責任で報じる手法だ。夫妻に近いとされる議員らを調べ、担当が割り振られた。

 記者12年目の東郷記者は水戸や東京を経て広島3年目。広島市政記者クラブに所属し、議会や「平和」を題材とする取材が主な仕事だった。疑惑をあぶり出す調査報道はほとんど経験がなかった。

 議員の携帯に片っ端から電話したが、つながらない。携帯を検察に提出していたと知るのは後のことだ。当面、対面取材をするしかなかったが、一体どの議員が現金をもらったのか、噂(うわさ)レベルの話を手がかりに取材に出向いた。

 ある議員はハエを追い払うような手ぶりをして自宅に入った。議会棟で声をかけた途端、走り出す議員もいた。「言えない」「知らない」。「説明責任がある」と迫っても黙る議員たち。取材に向かう足が止まった日もある。

 1カ月経ったころだった。「現金、受け取ったか」とYESかNOかの答えを求めたそれまでの取材を、議員の身になって振り返った。

 言いたいことがあるのではないか――。克行議員が現金入り封筒を「置き逃げ」のように渡した可能性もあった。

 5月の連休明け。否定され続けた議員の一人に、言った。「一方的に置いて行かれたのではないか」「言い分があれば聞かせてほしい」。30分説得した。目を閉じて聞いていた議員が語気を強めた。「俺だって返せるもんなら返したかった」。受領の様子や克行議員への思いを2時間語った。初夏の日差しのなか、互いのワイシャツは汗で色が変わった。

 以来、東郷記者は議事録などで議員たちの活動を調べるようになった。現金受領は当然許されない。でも政治家としての実績まで全否定されるのか。行政担当として議員たちと話したかった。なぜ違法性が疑われる行為をしたのか。風呂場でも車の運転中も想定問答を繰り返した。

 「河井夫妻、30人に700万円超 参院選前に持参」。5月18日、取材班は朝刊1面で報じた。このうち議員ら8人、200万円分が東郷記者の取材だった。

 河井夫妻は6月、公職選挙法違反容疑で逮捕された。現金を受領したとされる議員ら40人のうち首長3人、議員5人が辞職した。

 東郷記者はいう。

 「うそをつかれ、政治家の言葉の軽さ、無責任さに腹が立つ。権力を疑いつつ、権力に迫り真実を明らかにするのは、最後は『人対人』の関係だ」(村上英樹)

     *

 いまもわからないことがある。なぜ、取材に議員たちは現金受領を認めたのか。孫や子ほど年齢の離れた記者4年目の私に、違法性の疑いのある行為を明かすメリットがあったとは思えない。

 広島総局員として3月末から取材した3カ月間、「言えない」を繰り返した議員がいた。6月下旬、百貨店のトイレから出てきたところで、私は声をかけた。

 「また君か」。名を暴きおとしめるつもりはない。真実が知りたいだけだ。そんな言葉をつないだと思う。うつむいていた議員が「あったかもな」と現金受領を語り始めた。話し終わると、ほっとした表情に変わった。胸に秘め、苦しかったのかもしれないと思った。

 8月、東京地裁で多額買収事件の公判が始まった。傍聴席の私の前で議員ら十数人が証言した。あの議員もいた。後日、尋問の感想を聞いた電話で、私に明かした理由を尋ねた。「気遣いを感じた。嫌いになれんやったなあ」と議員は笑った。

 最終的に私に受領を認めた議員は10人。議員たちに聞いてみたい。新聞記者に語る気持ちや、秘した事実を明かす心境を。その答えに「権力取材」のヒントがあると思うからだ。(松島研人)

 ■速報で終わらない、小池流を検証 コロナ下の都政を取材、社会部記者

 新型コロナウイルスの感染拡大は、未曽有の事態をもたらした。感染者数など圧倒的な情報は当局が持ち、公表している。政策決定に、説得力ある根拠はあるのか。現場の社会部記者たちは、進む事態に並走しながら、権力の振る舞いをウォッチし続けた。

 東京都政の取材班は4人。キャップの岡戸佑樹記者(40)は「初めての事態で、情報を発表する行政も混乱していた。私たちの第一の使命は、まず何が起きているのか正確に伝えることだった」と振り返る。

 事態がめまぐるしく動き始めたのは、3月23日の緊急会見。小池百合子都知事は「『オーバーシュート』(患者の爆発的急増)が発生するか否かの重要な分かれ目」と説明。25日には都内で41人の感染が判明し、危機感は一気に高まった。

 小池知事は連日、登庁時と退庁時に報道陣による「囲み取材」に応じ、感染者数の見通しや傾向を明らかにした。急な会議や打ち合わせで予定が読めない小池知事を連日1、2時間以上、都庁の玄関で待ち、質問を投げかけた。

 7月5日投開票の都知事選挙が迫り、取材班の荻原千明記者(37)は「マスコミに露出することで、選挙活動に利用しようとしているのではという懸念はあった」と語る。

 しかし感染者数の増減や傾向は、社会の関心事。刻一刻と事態が変わるなか、小池知事の言動を報じないという選択肢はなかった。一方で、出来事を報じるだけでいいと考えていたわけではない。岡戸記者は「検証して報じなければいけないという考えは常に頭の中にあった」と話す。

 緊急会見から2週間あまり経った4月中旬、検証報道の準備を始めた。5月15日には小池都政のコロナ対策を検証した「東京100days」を朝日新聞デジタルで公開。17日付で紙面化した。感染が次々に判明し、都内で初めてのクラスター(感染者集団)とみなされることになった屋形船の女将(おかみ)や従業員に取材し、当局が発表した内容が実態に合ったものだったかを検証した。

 ほかにも会見ではない場で都幹部に独自取材した内容も報じ、小池知事の発言の背景にどのような動きや狙いがあったのかを伝えた。

 荻原記者は「会見の場で不都合なことを聞いても、否定されたら真相はわからない。会見以外の場で真実を取材して権力側に迫る取材を続けている」と話す。(貞国聖子)

 ■言いたい放題許さぬ、連係プレー ホワイトハウス詰め、米記者

 5月、ホワイトハウスの記者会見で「大勢の米国人の命が日々失われているのに、なぜ新型コロナ対策が成功しているといえるのか」と問われたトランプ大統領の顔が険しくなった。「その質問は中国に聞け。はい、次の人」

 質問したCBSのウェイジア・ジャン記者は食い下がった。「そのような言い方を、(中国系米国人である)私にあえてするのはなぜか」。トランプ氏は「たちの悪い質問をするからだ」と言い放ち、突然記者会見を打ち切った。

 この時、実はちょっとした「連係プレー」が記者席で繰り広げられていた。次の質問者に指名されていた別のテレビ局の記者が、ジャン記者に「追加質問したら」と促していたのだ。

 記者にとってホワイトハウス詰めは花形だ。大統領への質問場面は全米に流れ、熾烈(しれつ)な競争の場でもある。感染拡大前までは朝日新聞を含む外国の記者も参加できた。

 だが、メディアを「大衆の敵」と呼び、不都合な質問を「フェイク」と罵倒する大統領の誕生によって、権力と報道の自由が日常的に衝突する場ともなった。

 「大統領支持者から脅迫が届くのは茶飯事。トランプ氏の攻撃は自分の支持層を喜ばせる戦術だから、取り合うつもりはない」と米政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ」のスティーブ・ハーマン記者は語る。

 むしろ記者たちが意識するのは、国民からの別のまなざしだ。「大統領の言いたい放題を許していいのかという批判の矢面に立たされる」と米大手紙の記者はいう。大統領への追加質問を可能にする記者間の連帯感も深まってきた。

 政権の圧力は時として露骨だ。2018年11月、トランプ氏はCNNのジム・アコスタ記者の質問中にスタッフにマイクを取り上げさせ、「おまえは無礼だ」となじった。ホワイトハウスはさらに、アコスタ氏の入館証を没収した。

 「質問を理由に取材アクセスを禁じるのは、報道の自由を保障した米憲法に違反する」。CNNが起こした裁判では、多くの報道機関がその主張に賛同する意見書に署名。トランプ氏寄りの報道で知られるFOXニュースも名を連ねた。CNNが勝訴し、アコスタ記者に入館証が返還された。

 誹謗(ひぼう)中傷、取材制限の圧力、量産されるウソ。ホワイトハウス詰めの記者の奮闘は終わらない。奮い立たせるのは「権力の監視役」としての使命感だ。(ワシントン=沢村亙)…

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