まだ見ぬ自分、みつけに 朝日健康・医療フォーラム2020

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 (18面から続く)

 ■登山の達人は、楽しむ天才 大城和恵さん(国際山岳医)

 私は「エベレストで見た冒険家三浦雄一郎さんの健康作り」というテーマで、お話ししたいと思います。

 エベレストの遠征というと、苦しい登山の繰り返しを想像するかもしれません。しかし、エベレストは8848メートル。その山を2カ月かけて登るので、1日あたり150メートルの山を登るくらいの距離しかないんです。

 そう考えると、実は遠征って登山をしている時間より生活している時間のほうが長い。つまり「生活をいかに楽しく過ごせるか」が、遠征成功の大きな鍵です。三浦さんはこの才能に非常に優れているんです。

 「80歳で何でエベレストに挑戦?」と思うかもしれません。しかし、実は三浦さんが選んでいるのは、過去に行ったことがある山なんです。エベレストは37歳、70歳、75歳と行かれていて、80歳で4回目なんです。

 80歳のときは、三浦さんがご自身で「今回は70歳、75歳とは違う」「新しい登山をやる」とおっしゃった。過去の成功を全く過信されないんです。それを三浦さんは「年寄り半日仕事」と呼んでいました。

 エベレストの登山は、一気に標高を上げることはしません。少し登って、数日同じ標高で体を慣らすを繰り返す。一番長くいるのが5350メートルのベースキャンプです。

 普通の遠征隊は、そこから1回7千メートルほどまで登ってわざと酸素の少ないところに体を慣らしてから、今度は標高を下げ、酸素の濃いところで体を休め、いよいよ最後に山頂にアタックするんです。しかし三浦さんは、80歳はもう戦略を変えようと、これをやめちゃった。登って下ってをやらず、ベースキャンプから全部酸素ボンベを使っていくことにしました。

 移動のとき以外で、三浦さんがよくしているのは昼寝です。ある日は目的地の少し手前で、寝てしまって「きょうの目的地はここに変えちゃおう」となったことも。すごく気ままな楽しい旅です。登山中は頭も2カ月間洗いません。洗わなくたってエベレストは登れるし、頭を気にしていたらエベレストに回すパワーがなくなっちゃう。緩急がはっきりしているんです。

 三浦さんは薬が大嫌いです。ふだん病院で私が出した薬はほぼのまない。でも山だと平地にいるときよりもちゃんとのむので体調がいい。エベレストという目標が目の前に見えてますから真剣。昼寝をしたかと思えば体力づくりで走ったり、アイゼンで氷河を歩くトレーニングをしたり。三浦さんを見ていると「山は究極のホスピタル」だと感じます。山にいるときこそ、より健康で豊かになる。

 普通年をとるということは老いていくと解釈するのですが、三浦さんは、まだ出会ったことのない明日の自分の発見を楽しんでいるようにしか見えません。「老いる」ことを楽しむ天才だと感じます。

    *

 おおしろ・かずえ 医学博士、北海道大野記念病院勤務。冒険家・三浦雄一郎さんのエベレスト登頂に同行。

 ■認知症予防へ、外に出よう 瀧靖之さん(東北大学加齢医学研究所教授)

 きょうはご高齢の方々が何をすると脳の健康をより保つことができるか、何が認知症のリスクを下げるかということの最新の知見をお話しします。

 私たちの脳はどれだけ健康であっても萎縮して機能が衰えていきます。これはもう加齢とともに避けられません。では、年をとる以外に脳の加齢を早めてしまう原因は何かといいますと、一つ目は、お酒です。飲める方が多少飲む分にはあまり大きな影響はありませんが、飲むと具合が悪くなる方が無理に飲むのは非常によくないです。

 二つ目はたばこです。たばこを吸うと私たちの肺の中の酸素と二酸化炭素を交換する「肺胞壁」というところがどんどん壊れてしまいます。体が酸欠になり、脳にも体にもよくない。

 三つ目が肥満。中年期の肥満は高齢期の認知症のリスクを高めるといわれています。特におなかがプクッと出るような男性に多い内臓脂肪型の肥満が非常によくないです。

 そして一番みなさま方が知りたいことは、何をすることが脳に良いのか、だと思います。一つ目は運動です。激しい必要は全くない。大事なことは「習慣化」です。1カ月間何もしないよりは、週に2~3回でもいいので、外に出て歩く。これが大事です。

 二つ目は会話です。会話はただ言葉をペラペラしゃべっているのではなく、相手の表情とかしぐさを見ながら、相手が何を考えているか、気持ちに寄り添って言葉を投げている。実はすばらしい脳トレなんです。

 三つ目は知的好奇心・趣味です。好奇心が強いと、あるいは趣味をもって楽しいと思うと、記憶力が高まります。

 脳科学・医学で認知症リスクを下げ、脳を健康に保つ最も大事なものは、運動、会話、好奇心・趣味、この三つです。

 そう考えると、外出や旅行は脳によさそうです。旅行は行く前から、どこに行こうかと、いろいろ考える。まさに知的好奇心です。さらに、旅行に行って歩いて、人とコミュニケーションもできます。

 究極的には街歩きでいいんです。外に出て、いろいろなことに興味を持つ。できればご家族、ご友人とコミュニケーションをしながら外に出る。これこそが大事なんです。歴史的な場所、建物、カフェ、美術館、何かテーマを決めて歩くと楽しい。ワクワクする。気がついたらたくさん歩いています。

 最近の医学は心理学とつながってきて、幸せな人は長生きするのではないかということがいわれ始めています。「幸せ」というのは「主観的幸福度」。ささやかながら自分自身が幸せと感じられるかどうかです。

 幸せと感じることがストレスレベルを下げ、高血圧糖尿病などのリスクを下げ、結果的に寿命が延びるということがいわれています。高いサプリを買って飲むより、楽しくやること、毎日幸せと感じることが一番大事です。

    *

 たき・やすゆき 脳のMRI画像から脳の発達や加齢のメカニズムを研究。著書に「生涯健康脳」など。

 ■パネルディスカッション 外出、好きなことから始めて

 ――三浦雄一郎さんが、山を登る際におっしゃっていたという「年寄り半日仕事」について、もう少し具体的に教えてください。

 大城 三浦さんは70歳、75歳は同じ登り方をしていたんですが、1日の距離を2日に分けたんです。半日進んで、あと半日は休むという優しい登り方です。三浦さんはゴルフも大好きで、昔は(コースを)全部歩いていましたが、最近は所々カートを使います。そんなふうに所々ちょっと自分に優しく、それでもゴルフを続けていく、そんなことかと思います。

 ――お金をかけず、1人でも楽しめる外出法は。

 瀧 知っている街を歩くだけでもいいです。季節によっても、時間帯によっても見える景色というのは変わってきます。

 ――家族が出無精の場合は。

 瀧 出無精の方に、外に出ることが認知症リスクを下げるとか言っても聞きません。人は好きなものにはエネルギーも時間もかける。好きなことから「じゃあ、それを見に行こう」「それを体験しよう」というアプローチがいいかと思います。

 ――無理に運動ではなく、趣味でもいいのでしょうか。

 瀧 趣味をもってそれを外で実践するというのがいいです。趣味を今から始めるのはハードルが高いので、昔やっていたこと、憧れたことをやってみるとか、友人の趣味を一緒にやってみるとかでもいいです。

 ――最後にメッセージを。

 大城 三浦さんを見ていると「いつもは気ままに過ごしていても時々100点とれればいいかな」と思います。そのくらい緩急がある。少し自分に甘えながら時々自分を叱咤(しった)する。そんなのが一番長続きするのかなと感じます。

 瀧 運動、会話、好奇心・趣味、この三つを大切にし、毎日楽しいと感じることが、私たち、家族、そして国全体の幸せにつながると考えています。

 ◆コーディネーター 朝日新聞アピタル編集長・野瀬輝彦

 (20面に続く)

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